ったことがない程《ほど》の、垢《あか》にまみれたうす汚《ぎた》なさ。名人《めいじん》とか上手《じょうず》とか評判《ひょうばん》されているだけに、坊主《ぼうず》と呼《よ》ぶ十七八の弟子《でし》の外《ほか》は、猫《ねこ》の子《こ》一|匹《ぴき》もいない、たった二人《ふたり》の暮《くら》しであった。
「おめえ、いってえ弟子《でし》に来《き》てから、何年《なんねん》経《た》つと思《おも》っているんだ」
「へえ」
「へえじゃねえぜ。人形師《にんぎょうし》に取《と》って、胡粉《ごふん》の仕事《しごと》がどんなもんだぐれえ、もうてえげえ判《わか》っても、罰《ばち》は当《あた》るめえ。この雨《あめ》だ。愚図々々《ぐずぐず》してえりゃ、湿気《しっけ》を呼《よ》んで、みんなねこ[#「ねこ」に傍点]ンなっちまうじゃねえか。速《はや》くおこしねえ」
「へえ」
「それから何《な》んだぜ。火がおこったら、直《す》ぐに行燈《あんどん》を掃除《そうじ》しときねえよ。こんな日《ひ》ァ、いつもより日《ひ》の暮《く》れるのが、ぐっと早《はえ》えからの」
「へえ」
「ふん。何《なに》をいっても、張合《はりあ》いのねえ野郎《や
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