ごしんぼう》。――」
谷中《やなか》の感応寺《かんおうじ》を北《きた》へ離《はな》れて二|丁《ちょう》あまり、茅葺《かやぶき》の軒《のき》に苔《こけ》持《も》つささやかな住居《すまい》ながら垣根《かきね》に絡《から》んだ夕顔《ゆうがお》も白《しろ》く、四五|坪《つぼ》ばかりの庭《にわ》一|杯《ぱい》に伸《の》びるがままの秋草《あきぐさ》が乱《みだ》れて、尾花《おばな》に隠《かく》れた女郎花《おみなえし》の、うつつともなく夢見《ゆめみ》る風情《ふぜい》は、近頃《ちかごろ》評判《ひょうばん》の浮世絵師《うきよえし》鈴木晴信《すずきはるのぶ》が錦絵《にしきえ》をそのままの美《うつく》しさ。次第《しだい》に冴《さ》える三日月《みかづき》の光《ひか》りに、あたりは漸《ようや》く朽葉色《くちばいろ》の闇《やみ》を誘《さそ》って、草《くさ》に鳴《な》く虫《むし》の音《ね》のみが繁《しげ》かった。
「松《まっ》つぁん」
「へえ」
「たしかにここに、間違《まちが》いはあるまいの」
「冗談《じょうだん》じゃござんせんぜ、若旦那《わかだんな》。こいつを間違《まちが》えたんじゃ、松《まつ》五|郎《ろう》めく
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