じ》でござんすから。……」
「折角《せっかく》お前《まえ》さんを乗《の》せながら、垂《たれ》をおろして担《かつ》いでたんじゃ、勿体《もったい》なくって仕方《しかた》がねえ。憚《はばか》ンながら駕籠定《かごさだ》の竹《たけ》と仙蔵《せんぞう》は、江戸《えど》一|番《ばん》のおせんちゃんを乗《の》せてるんだと、みんなに見《み》せてやりてえんで。……」
「どうかそんなことは、もういわないでおくんなさい」
「評判娘《ひょうばんむすめ》のおせんちゃんだ。両方《りょうほう》揚《あ》げて悪《わる》かったら、片《かた》ッ方《ぽう》だけでもようがしょう」
「そうだ、姐《ねえ》さん。こいつァ何《なに》も、あっしらばかりの見得《みえ》じゃァごあんせんぜ。春信《はるのぶ》さんの絵《え》で売《う》り込《こ》むのも、駕籠《かご》から窺《のぞ》いて見《み》せてやるのも、いずれは世間《せけん》へのおんなじ功徳《くどく》でげさァね。ひとつ思《おも》い切《き》って、ようがしょう」
「どうか堪忍《かんにん》。……」
「欲《よく》のねえお人《ひと》だなァ。垂《たれ》を揚《あ》げてごらんなせえ。あれ見《み》や、あれが水茶屋《みずちゃや》のおせんだ。笠森《かさもり》のおせんだと、誰《だれ》いうとなく口《くち》から耳《みみ》へ伝《つた》わって白壁町《しろかべちょう》まで往《ゆ》くうちにゃァ、この駕籠《かご》の棟《むね》ッ鼻《ぱな》にゃ、人垣《ひとがき》が出来《でき》やすぜ。のう竹《たけ》」
「そりゃァもう仙蔵《せんぞう》のいう通《とお》り真正《しんしょう》間違《まちげ》えなしの、生《い》きたおせんちゃんを江戸《えど》の町中《まちなか》で見《み》たとなりゃァ、また評判《ひょうばん》は格別《かくべつ》だ。――片《かた》ッ方《ぽう》でもいけなけりゃ、せめて半分《はんぶん》だけでも揚《あ》げてやったら、通《とお》りがかりの人達《ひとたち》が、どんなに喜《よろこ》ぶか知《し》れたもんじゃねえんで。……」
「駕籠屋《かごや》さん」
「ほい」
「あたしゃもう降《お》りますよ」
「何《な》んでげすッて」
「無理難題《むりなんだい》をいうんなら、ここで降《お》ろしておくんなさいよ」
「と、とんでもねえ。お前《まえ》さんを、こんなところでおろした日《ひ》にゃ、それこそこちとらァ、二|度《ど》と再《ふたた》び、江戸《えど》じゃ家業《
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