|郎《ろう》なんざ、貧乏神《びんぼうがみ》に見込《みこ》まれたせいか、いつもぴいぴい風車《かざぐるま》だ。そこへ行《い》くとおめえなんざ、おせんの爪《つめ》を糠袋《ぬかぶくろ》へ入《い》れて。……」
「なんだって八つぁん、おめえ夢《ゆめ》を見《み》てるんじゃねえか。爪《つめ》だの糠袋《ぬかぶくろ》だの、とそんなことァ、おれにゃァてんで通《つう》じねえよ」
「えええ隠《かく》しちゃァいけねえ。何《なに》から何《なに》まで、おれァ根《ね》こそぎ知《し》ってるぜ」
「知《し》ってるッて。――」
「知《し》らねえでどうするもんか。重《しげ》さん、おめえの夜《よ》あかしの仕事《しごと》は、銭《ぜに》のたまる稼《かせ》ぎじゃなくッて、色気《いろけ》のたまる楽《たの》しみじゃねえか」
「そ、そんなことが。……」
「嘘《うそ》だといいなさるのかい。証拠《しょうこ》はちゃんと上《あが》ってるんだぜ。おせんの爪《つめ》を煮《に》る匂《におい》は、さぞ香《こう》ばしくッて、いいだろうの」
「そいつを、おめえは誰《だれ》から聞《き》きなすった」
「誰《だれ》から聞《き》かねえでも、おいらの眼《め》は見透《みとお》しだて。――人間《にんげん》は、四百四|病《びょう》の器《うつわ》だというが、重《しげ》さん、おめえの病《やまい》は、別《べつ》あつらえかも知《し》れねえの」
 春重《はるしげ》は、きょろりとあたりを見廻《みまわ》してから、一|段《だん》声《こえ》を落《おと》した。
「ちょいと家《うち》へ寄《よ》らねえか。おもしろい物《もの》を見《み》せるぜ」
「折角《せっかく》だが、寄《よ》ってる暇《ひま》がねえやつさ。これから大急《おおいそぎ》ぎで、おせんの見世《みせ》まで行《い》かざァならねえんだ」
「おせんの見世《みせ》へ行《い》くッて、何《な》んの用《よう》でよ」
「何《な》んの用《よう》だか知《し》らねえが、春信師匠《はるのぶししょう》が、急《きゅう》に用《よう》ありとのことでの」
 八五|郎《ろう》は、春信《はるのぶ》から預《あずか》った結文《むすびふみ》を、ちょいと懐中《ふところ》から窺《のぞ》かせた。

  紅《べに》


    一

 ゆく末《すえ》は誰《だれ》が肌《はだ》触《ふ》れん紅《べに》の花《はな》  ばせを
「おッとッと、そう一人《ひとり》で急《いそ》いじゃいけねえ
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