頃《ちかごろ》はやりの紅色《べにいろ》の糠袋《ぬかぶくろ》だった。
「こいつァ重《しげ》さん、糠袋《ぬかぶくろ》じゃァねえか」
「まずの」
「一|朱《しゅ》はずんで、糠袋《ぬかぶくろ》を見《み》せてもらうどじ[#「どじ」に傍点]はあるめえぜ。――お前《めえ》いまなんてッた。おせんの雪《ゆき》のはだから切《き》り取《と》った、天下《てんか》に二つと無《ね》え代物《しろもの》を拝《おが》ませてやるからと。――」
「叱《し》ッ、極内《ごくない》だ」
「だってそんな糠袋《ぬかぶくろ》。……」
「袋《ふくろ》じゃねえよ。おいらの見《み》せるなこの中味《なかみ》だ。文句《もんく》があるンなら、拝《おが》んでからにしてくんな。――それこいつだ。触《さわ》った味《あじ》はどんなもんだの」
ぐっと伸《の》ばした松《まつ》五|郎《ろう》の手先《てさき》へ、春重《はるしげ》は仰々《ぎょうぎょう》しく糠袋《ぬかぶくろ》を突出《つきだ》したが、さて暫《しばら》くすると、再《ふたた》び取《と》っておのが額《ひたい》へ押《お》し当《あ》てた。
「開《あ》けて見《み》せねえ」
「拝《おが》みたけりゃ拝《おが》ませる。だが一つだって分《わ》けちゃァやらねえから、そのつもりでいてくんねえよ」
そういいながら、指先《ゆびさき》を器用《きよう》に動《うご》かした春重《はるしげ》は、糠袋《ぬかぶくろ》の口《くち》を解《と》くと、まるで金《きん》の粉《こな》でもあけるように、松《まつ》五|郎《ろう》の掌《てのひら》へ、三つばかりを、勿体《もったい》らしく盛《も》り上《あ》げた。
「こいつァ重《しげ》さん。――」
「爪《つめ》だ」
「ちぇッ」
「おっとあぶねえ。棄《す》てられて堪《たま》るものか。これだけ貯《た》めるにゃ、まる一|年《ねん》かかってるんだ」
松《まつ》五|郎《ろう》の掌《て》へ、おのが掌《て》をかぶせた春重《はるしげ》は、あわてて相手の掌《て》ぐるみ裏返《うらがえ》して、ほっ[#「ほっ」に傍点]としたように眼《め》の前《まえ》へ引《ひ》き着《つ》けた。
「湯屋《ゆや》で拾《ひろ》い集《あつ》めた爪《つめ》じゃァねえよ。蚤《のみ》や蚊《か》なんざもとよりのこと、腹《はら》の底《そこ》まで凍《こお》るような雪《ゆき》の晩《ばん》だって、おいらァじっと縁《えん》の下《した》へもぐり込《こ》んだま
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