うろく》しちゃァいねえよ。ありゃァ菊之丞《きくのじょう》に違《ちげ》えあるめえ」
「確《たしか》にそうたァ申上《もうしあげ》られねえんで。……」
「おめえ、眼《め》が上《あが》ったな。判《わか》った。――もういいから帰《けえ》ンな」
「有難《ありがと》うござんすが、――親方《おやかた》、あれがもしか浜村屋《はまむらや》だったら、どうなせえやすんで。……」
「どうもしやァしねえ」
「どうもしねンなら、何《なに》も。――」
「聞《き》きてえか」
「どうか、お聞《き》かせなすっておくんなせえやし」
「浜村屋《はまむらや》は、役者《やくしゃ》を止《や》めざァならねえんだ」
「何《な》んでげすッて」
「口《くち》が裂《さ》けてもいうじゃァねえぞ。――南御町奉行《みなみおまちぶぎょう》の、信濃守様《しなののかみさま》の妹御《いもうとご》のお蓮様《れんさま》は、浜村屋《はまむらや》の日本《にほん》一の御贔屓《ごひいき》なんだ」
「ではあの、壱岐様《いきさま》からのお出戻《でもど》りの。――」
「叱《し》っ。余計《よけい》なこたァいっちゃならねえ」
「へえ」
「さ、帰《けえ》ンねえ」
「有難《ありがと》うござんす」
 千|吉《きち》は、ふところの小判《こばん》を気《き》にしながら、ほっとして頭《あたま》を下《さ》げた。
 襟《えり》に当《あた》る秋《あき》の陽《ひ》は狐色《きつねいろ》に輝《かがや》いていた。

    七

 無理《むり》やりに、手習《てなら》いッ子《こ》に筆《ふで》を握《にぎ》らせるようにして、たった二|行《ぎょう》の文《ふみ》ではあったが、いや応《おう》なしに書《か》かされた、ありがたく存《ぞん》じ候《そうろう》かしこの十一|文字《もじ》が気《き》になるままに、一|夜《や》をまんじりともしなかったおせんは、茶《ちゃ》の味《あじ》もいつものようにさわやかでなく、まだ小半時《こはんとき》も早《はや》い、明《あ》けたばかりの日差《ひざし》の中《なか》を駕籠《かご》に揺《ゆ》られながら、白壁町《しろかべちょう》の春信《はるのぶ》の許《もと》を訪《おとず》れたのであった。
 弟子《でし》の藤吉《とうきち》から、おせんが来《き》たとの知《し》らせを聞《き》いた春信《はるのぶ》は、起《お》き出《で》たばかりで顔《かお》も洗《あら》っていなかったが、とりあえず画室《がしつ》へ
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