》が徳《とく》さんとこで会《あ》って、どこへ行《い》ったかぐらいのこたァ、聞《き》かねえでも、ちゃんと判《わか》ってらァな」
「おやッ、行《い》った先《さき》が判《わか》ってるッて」
「その通《とお》りだ、当《あて》てやろうか」
「冗談《じょうだん》じゃねえ、いくらお前《まえ》さんの眼《め》が利《き》いたにしたって、こいつが判《わか》ってたまるもんか。断《ことわ》っとくが、当時《とうじ》十六|文《もん》の売女《やまねこ》なんざ、買《か》いに行《い》きゃァしねえよ」
「だが、あのざまは、あんまり威張《いば》れもしなかろう」
「あのざまたァ何《なに》よ」
「垣根《かきね》へもたれて、でんぐる返《かえ》しを打《う》ったざまだ」
「何《な》んだって」
「おせんの裸《はだか》を窺《のぞ》こうッてえのは、まず立派《りっぱ》な智恵《ちえ》だがの。おのれを忘《わす》れて乗出《のりだ》した挙句《あげく》、垣根《かきね》へ首《くび》を突《つ》っ込《こ》んだんじゃ、折角《せっかく》の趣向《しゅこう》も台《だい》なしだろうじゃねえか」
「そんなら重《しげ》さん、お前《まえ》さんはあの様子《ようす》を。――」
「気《き》の毒《どく》だが、根《ね》こそぎ見《み》ちまったんだ」
「どこで見《み》なすった」
「知《し》れたこった。庭《にわ》の中《なか》でよ」
「庭《にわ》の中《なか》」
「おいらァ泥棒猫《どろぼうねこ》のように、垣根《かきね》の外《そと》でうろうろしちゃァいねえからの。――それ見《み》な。鬼童丸《きどうまる》の故智《こち》にならって、牛《うし》の生皮《なまかわ》じゃねえが、この犬《いぬ》の皮《かわ》を被《かぶ》っての、秋草城《あきくさじょう》での籠城《ろうじょう》だ。おかげで画嚢《がのう》はこの通《とお》り。――」
懐中《ふところ》から取《と》り出《だ》した春重《はるしげ》の写生帳《しゃせいちょう》には、十|数枚《すうまい》のおせんの裸像《らぞう》が様々《さまざま》に描《か》かれていた。
六
松《まつ》五|郎《ろう》は、狐《きつね》につままれでもしたように、しばし三日月《みかづき》の光《ひかり》に浮《う》いて出《で》たおせんの裸像《らぞう》を、春重《はるしげ》の写生帳《しゃせいちょう》の中《なか》に凝視《ぎょうし》していたが、やがて我《われ》に還《かえ》って、あらた
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