訊《き》きてえことがあるから、つきあってくんねえ」
「へえ」
「びくびくするこたァありゃしねえ。こいつあこっちから頼《たの》むんだから、安心《あんしん》してついて来《き》ねえ」
鬼《おに》七と呼ばれてはいるが、名前《なまえ》とはまったく違《ちが》った、すっきりとした男前《おとこまえ》の、結《ゆ》いたての髷《まげ》を川風《かわかぜ》に吹《ふ》かせた格好《かっこう》は、如何《いか》にも颯爽《さっそう》としていた。
折柄《おりから》の上潮《あげしお》に、漫々《まんまん》たる秋《あき》の水《みず》をたたえた隅田川《すみだがわ》は、眼《め》のゆく限《かぎ》り、遠《とお》く筑波山《つくばやま》の麓《ふもと》まで続《つづ》くかと思《おも》われるまでに澄渡《すみわた》って、綾瀬《あやせ》から千|住《じゅ》を指《さ》して遡《さかのぼ》る真帆方帆《まほかたほ》が、黙々《もくもく》と千鳥《ちどり》のように川幅《かわはば》を縫《ぬ》っていた。
その絵巻《えまき》を展《ひろ》げた川筋《かわすじ》の景色《けしき》を、見《み》るともなく横目《よこめ》で見《み》ながら、千|吉《きち》と鬼《おに》七は肩《かた》をならべて、静《しず》かに橋《はし》の上《うえ》を浅草御門《あさくさごもん》の方《ほう》へと歩《あゆ》みを運《はこ》んだ。
「千|吉《きち》、おめえ、おせんのところへは出《で》かけたろうの」
「どういたしやして。妹《いもうと》にゃ、三|年《ねん》この方《かた》、てんで会《あ》やァいたしません」
「ふふふ。つまらねえ隠《かく》し立《だ》ては止《や》めねえか。いまもいった通《とお》り、おいらァおめえを、洗《あら》い立《た》てるッてんじゃねえ。こっちの用《よう》で訊《き》きてえことがあるんだ。悪《わる》いようにゃしねえから、はっきり聞《き》かしてくんねえ」
「どんな御用《ごよう》で。……」
「おせんのとこへ、菊之丞《はまむらや》が毎晩《まいばん》通《かよ》うッて噂《うわさ》を聞《き》き込《こ》んだんだが、そいつをおめえは知《し》ってるだろうの」
こう訊《き》きながら、鬼《おに》七の眼《め》は異様《いよう》に光《ひか》った。
六
鬼《おに》七の問《とい》は、まったく千|吉《きち》には思《おも》いがけないことであった。――子供《こども》の時分《じぶん》から好《す》きでこそあれ、嫌《
前へ
次へ
全132ページ中109ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
邦枝 完二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング