《ふ》りゃァ、おいらは人《ひと》から預《あず》かった、大事《だいじ》な金《かね》を落《お》としたかどで、いやでも明日《あした》は棒縛《ぼうしば》りだ。――そいつもよかろう。おめえはかげで笑《わら》っていねえ」
「兄《あに》さん」
「もう何《な》んにも頼《たの》まねえ。これから帰《けえ》って縛《しば》られようよ」
 千|吉《きち》は、わざとやけに立上《たちあが》って窓辺《まどべ》へつかつかと歩《あゆ》み寄《よ》った。
 突然《とつぜん》隣座敷《となりざしき》から、お岸《きし》のすすり泣《な》く声《こえ》が、障子越《しょうじご》しに聞《きこ》えて来《き》た。

  文《ふみ》


    一

「若旦那《わかだんな》、もし、油町《あぶらちょう》の若旦那《わかだんな》」
「おお、お前《まえ》は千|吉《きち》つぁん」
「そんなに急《いそ》いで、どこへおいでなせえやす」
「お前《まえ》のとこさ」
「何、あっしンとこでげすッて。――あっしンとこなんざ、若旦那《わかだんな》においでを願《ねが》うような、そんな気《き》の利《き》いた住居《すまい》じゃござんせん。火口箱《ほくちばこ》みてえな、ちっぽけな棟割長屋《むねわりながや》なんで。……」
「小《ちい》さかろうが、大《おお》きかろうが、そんなことは考《かんが》えちゃいられないよ」
「何《な》んと仰《おっ》しゃいます」
「あたしゃお前《まえ》に頼《たの》んだ返事《へんじ》を、聞《き》かせてもらいに、往《ゆ》くところじゃないか」
「はッはッは。それでわざわざお運《はこ》び下《くだ》さろうッてんでげすか。これぁどうも恐《おそ》れいりやした。そのことなら、どうかもう御心配《ごしんぱい》は、御無用《ごむよう》になすっておくんなさいまし」
「おお、そんなら千|吉《きち》さん、おせんの返事《へんじ》を。――」
「憚《はばか》りながら、いったんお引《ひき》受《う》け申《もう》しやした正直《しょうじき》千|吉《きち》、お約束《やくそく》を違《たが》えるようなこたァいたしやせん」
「済《す》まない。あたしはそうとは思《おも》っていたものの、これがやっぱり恋心《こいごころ》か。ちっとも速《はや》く返事《へんじ》が聞《き》き度《た》くて、帳場格子《ちょうばこうし》と二|階《かい》の間《あいだ》を、九十九|度《ど》も通《かよ》った挙句《あげく》、とうとう辛
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