ら使っていた、近所の人のいい老婆が、優しく笑っていた。私はどこよりも、桂子の家で、家庭的なあたたかさをもって迎えられたのだ。私はとっさに情欲よりも、もっと高い愛情にうちのめされた気になった。私の帰るべきところは結局、ここより他にないともう一度、信ぜられた。
 私はオバさんを帰してから、桂子を膝の上に抱いて、雨アラレと色々なことをきいた。
「ぼくがいないんで、本当に淋しかった」
「誰も好きなひとができなかった」
「一度ぐらい浮気をしてみた」
 私には桂子が別れた時より、ずっとポッチャリ肥ってしまったのが、ちょっと、気になった。私がこんなに痩《や》せるほど、桂子を思っていたのに、桂子は、その半分も私を思ってくれなかったのであろうか。しかし桂子の次のような甘い言葉の数々が、充分、私のそうした疑念を打消したのだった。
 桂子はハリキッた肉体を身もだえさせ、こんなに言った。
「さびしかったわ。時々、夜中に靴の音が聞えると、ひょっとあなたが帰ってきて下さったかと思って目が覚めるのよ」
「勿論、誰も好きなひとなんかできるはずがないじゃないの」
「浮気」彼女は柳眉《りゅうび》を逆立てていう。「笑談《じ
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