桂子に逢う積りだった。その度に、金を持ってこようと思っていた。すると桂子は、「そんなに来るたんびにお金なんかいらないわよう」といった。彼女も、勤めを継続しながら、私に時々、逢う積りでいたのだ。
翌日、私は集金の予定のある出版社に出かけていった。そこで都合が悪く、先づけ小切手を渡されると、私はそれを近くの、いつも迷惑ばかりかけている、ある出版社の社長に現金にかえて貰いにいった。そして酒を御馳走になってしまうと、桂子と約束の時間に帰れなくなった。その夜、彼女は勤めを休むとはいっていたが、私の帰りが遅いのに腹を立て、きっと勤め先に出かけたに違いない。
それで私は、ひとり多分、社長から貰ったに違いない一升瓶を抱え、本郷から自動車をとばし銀座に出た。彼女の勤め先は、西銀座の「うらら」という店である。
運転手に探して貰うとすぐ分った。これもやはり第三国人の経営だという、ビルの二階の大きな酒場だった。下にボーイが二、三人、白い制服で頑張っていて、怪しげな客は通さないようにしている。私は、本名で出ているという桂子の名前をいうと「ケイコさん」と呼ぶ、けたたましい指名で二階に通される。これが桂子のいう上品な酒場か。
青い照明の下で、鳴りひびくバンド。踊っている客と女給たち。ここに上ったら最後、最低三千円は取られるのを覚悟しなければならない。ところが桂子の話だと、どんな客でも鞄《かばん》の中に五万から十万の金を持っており、少なくても一万円の金は使ってゆくという。お客の種類は土建か貿易関係の連中の接待が多いという。酔っ払って女給の腰に抱きつきながら、尻ふりダンスをしている老人客、ジッと抱き合ったまま動かない、怪しげなシミダンス。私はそれで、「上品な酒場」の正体が分った気がする。
私がいわゆる、桂子の旦那だと分ると、私は店の奥の、外人客が通されるという、特別な囲いに案内され、四、五人の女給たちが私をとり囲んだ。桂子にはとにかく、まじめになりたいという気持が感じられるが、その四、五人の女たちは、全く典型的な娼婦《しょうふ》のように私には思われた。ただ金と男と、うまいものと、酒が欲しいという顔であり、話である。私は、桂子がこんな女たちのひとりと、客の取り合いをして泣いたという話を思いだし、たちまち、彼女にこうした勤めをさせたくなくなった。
全てか、然らずんば無か、私のこうした極端な気持が一度、共産党と喧嘩《けんか》すると、今度は淫売婦《いんばいふ》のふところに飛びこませた。私は再び、そのような極端な気持になったのである。私はもう一度、妻子を棄て、桂子を自分の妻にしようと思った。それは勿論、彼女に勤めを止めさせてである。
桂子と同棲中、私は彼女から逃げようと思い、彼女のため、池袋にマーケットを買ってやったことがある。そのマーケットを月三千円で、桂子は友達のリリーに貸してやっていた。リリーは芸者上りの、桂子よりはいわゆる、美貌だが同じようにヒステリックらしい女である。今の世には、異常な男女が刻々とふえつつあるのだ。そのリリーが、桂子のいないため、最後まで私につきそっていてくれた。
私は持ってきた一升瓶を飲み、女給たちは店のビールを飲む。そして結局、看板まで私は居残ることになった。酔いと遅くなって面倒なのとで、私はリリーとハイヤーで新宿まで帰ることにした。
店を出ると、その角に中華料理屋がある。リリーが何か食べたいというので、入って、私のためにはチキンカレー、リリーのためには、焼そばと卵のスープを取った。私は充分に酔っているので、もはや、食欲がない。ぼんやり、リリーの食べかつ飲むのを眺めていると、彼女は瞬く間に、自分の分を平らげてしまい、「私は面倒なのはキライよ」と絶叫しながら、私のカレーまで飲みほすように食べてしまった。まるで餓鬼である。地獄の女たちのひとりだ。私は桂子が、逢いはじめにやはりこのように怖るべき食欲を発揮したのを思いだす。彼女たちは愛情にも、金銭にも、食欲にも、あらゆるものに飢えているのだ。
銀座から新宿までの車代が一千円。車は外国団体の所有のものらしい高級車で、運転手のサイドワークらしい。
「早く、乗って下さい」とせかし立てる。車の内でリリーも酔ったらしく眼を据え、私のチップの払い方が少ないなぞ文句を言いだす。そして新宿の家についても、桂子に対して、「あなたの旦那を送ってきてやった」と恩を着せ、またチップのことをゴタゴタ言い出し、おまけに池袋のマーケットの家賃が高いなぞと言い始める。酔っている時の桂子は、決してリリーなぞに負けるような弱気ではないが、素面《しらふ》なので温和《おとな》しく、言われる通りに、リリーにチップを出してやったようだ。
私は遠慮して、女たちふたりを炬燵《こたつ》のある大きな布団に寝せ、ひとりで隅の小さ
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