女が出て三時間にもなる。私は諦めて寝てしまう積り。姉の手からアドルム十錠、奪いとるようにして取り、それを飲んで、うつらうつら眠くなった頃。
 突然、酔っ払った桂子が夜叉《やしゃ》のような形相で帰ってきた。私の顔をみるのもイヤだと言い、髪の毛をひきむしり、顔を打つ。そして新宿に帰るというが、もう終電車もなく、そんな桂子を表に出す気持になれない。それで姉の困りきった顔をみながらも、桂子をもう一晩、その離れに泊めようとする。しかし酔うと、酷薄無慙《こくはくむざん》な気持になる桂子は、そんな私の心づかいなど鼻で笑う。そして、近くに昔、知合いの立派な家があるから、そこに行きたいと言い張ってきかない。
 私はそんなに言うのなら、そこにやるのもよかろうと思った。だが、ひとりでは不安なので、また姉の長男に警官を呼んで来て貰い、桂子を警官に送らせようとする。しかし警官の顔をみる頃から桂子は温和《おとな》しくなった。一通り、私の悪口を警官に喋《しゃべ》ってから、その部屋に寝ることを承知する。
 朝、酔って乱暴したいつもの朝のように、桂子は、私の胸に泣き崩れてきた。肉体をかすかに揺動かす、彼女のテクニック。私は醜い哀れさに堪《たま》らなくなり、彼女に肉体の欲望があるかどうかを訊《き》く。「たまらないのよう」と彼女はなお身をくねらせ、その太股《ふともも》を私の上にのせる。また、病気になる。ペニシリン代一本二千三百円と頭にひらめく。その親切な医者の診察室でみせて貰った、いくつかの猛烈なジフリーズの写真。鼻が落ち、椿の花片のような痕《あと》が残る。両唇に無数の吹出物、殊に女の局部の一面にビランした惨状。しかし私はその写真を瞼《まぶた》に描きながら、女に身を任せる。済んだ後の、またかという悔い。
 そこに七十三になる私の老母が泣き崩れ、半狂乱になり、呶鳴《どな》りこんでくる。とんでもないことをしてくれた。婿に対して面目が立たぬから、すぐに、ここから出て行って欲しい、という。アドルムの酔いの切れている私は、無意志の人形のようなもの。老母に叱られるまま、桂子と身仕度をして立ち上る。そこに姉の優しい泣声、「道ちゃん、いつでも帰っていらっしゃい。意志をハッキリさせてね」
 姉は、私の桂子に対する本当の気持を薄々、知っているのだ。愛と憎しみの間。醜い哀れなものに対する、どうにもならぬ憐憫《れんびん》。私は
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