持が一度、共産党と喧嘩《けんか》すると、今度は淫売婦《いんばいふ》のふところに飛びこませた。私は再び、そのような極端な気持になったのである。私はもう一度、妻子を棄て、桂子を自分の妻にしようと思った。それは勿論、彼女に勤めを止めさせてである。
桂子と同棲中、私は彼女から逃げようと思い、彼女のため、池袋にマーケットを買ってやったことがある。そのマーケットを月三千円で、桂子は友達のリリーに貸してやっていた。リリーは芸者上りの、桂子よりはいわゆる、美貌だが同じようにヒステリックらしい女である。今の世には、異常な男女が刻々とふえつつあるのだ。そのリリーが、桂子のいないため、最後まで私につきそっていてくれた。
私は持ってきた一升瓶を飲み、女給たちは店のビールを飲む。そして結局、看板まで私は居残ることになった。酔いと遅くなって面倒なのとで、私はリリーとハイヤーで新宿まで帰ることにした。
店を出ると、その角に中華料理屋がある。リリーが何か食べたいというので、入って、私のためにはチキンカレー、リリーのためには、焼そばと卵のスープを取った。私は充分に酔っているので、もはや、食欲がない。ぼんやり、リリーの食べかつ飲むのを眺めていると、彼女は瞬く間に、自分の分を平らげてしまい、「私は面倒なのはキライよ」と絶叫しながら、私のカレーまで飲みほすように食べてしまった。まるで餓鬼である。地獄の女たちのひとりだ。私は桂子が、逢いはじめにやはりこのように怖るべき食欲を発揮したのを思いだす。彼女たちは愛情にも、金銭にも、食欲にも、あらゆるものに飢えているのだ。
銀座から新宿までの車代が一千円。車は外国団体の所有のものらしい高級車で、運転手のサイドワークらしい。
「早く、乗って下さい」とせかし立てる。車の内でリリーも酔ったらしく眼を据え、私のチップの払い方が少ないなぞ文句を言いだす。そして新宿の家についても、桂子に対して、「あなたの旦那を送ってきてやった」と恩を着せ、またチップのことをゴタゴタ言い出し、おまけに池袋のマーケットの家賃が高いなぞと言い始める。酔っている時の桂子は、決してリリーなぞに負けるような弱気ではないが、素面《しらふ》なので温和《おとな》しく、言われる通りに、リリーにチップを出してやったようだ。
私は遠慮して、女たちふたりを炬燵《こたつ》のある大きな布団に寝せ、ひとりで隅の小さ
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