》いて――)という、おけさの一節が、頭に浮《うか》びました。(泣いていながら主《ぬし》のこと)なにか訴《うった》えるものが欲しかった。自然《ネイチュア》よ! と眼をあげた刹那《せつな》、映じた風景は、むろん異国的ではありながら、その癖《くせ》、未生《みしょう》前とでもいいますか、どこかで一回は眺《なが》めたことがあるという感懐《かんかい》が、肉体を痺《しび》れさせるほど、強くおそいました。
みよ、この時、髣髴《ほうふつ》と迫《せま》ってくるものは、水天青一色、からりと晴れ、さわやかに碧い、みじんも湿《しめ》りッ気を含《ふく》まぬ、おおらかな空気のなかに、真ッ白い国が浮びあがってくる。夢《ゆめ》のような美しさだ。夢がこれほど実感を伴《ともな》って、みえたことはないというのは、オリムピックを通じての感想ではありましたが、それをこの時ほど、如実《にょじつ》に感じたことはありません。
白い国! 蜃気楼《ミュアジュ》もかくや、――など陳腐《ちんぷ》な形容ですが、事実、ぼくは蜃気楼《ミュアジュ》をみた想いでした。背後には、青空をくっきりと劃《かく》した、峰々《みねみね》の紫紺《しこん》の山肌《
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