なたのことを、感傷的な形容詞で一杯、書き散らしていたところですから、なにか照れ臭《くさ》く、まごまごすると、慌《あわ》てて手帳をベッドの上の網棚《あみだな》に、抛《ほう》りあげ、そそくさ、部屋を出て行きました。
 二十分程してから、もういないだろうと、恐《おそ》る恐る、扉《とびら》をあけると、松山さんは、ぼくのトランクに腰《こし》をかけたままでしたが、沢村さんは、ぼくの顔を見るや、立ち上がって、なにかを、ぼくの寝台に抛りあげ、そのまま、下段の自分のベッドに転がり、松山さんと、意味ありげに顔を見合せ、ぼくのほうを振《ふ》りかえります。
 ぼくは、ばつが悪く、再び扉をしめ、出ようとすると、沢村さんが、「おい、大坂《ダイハン》」と呼びとめました。「え」といぶかるぼくに、「ああ、ぼくはあの女が好きでたまらない、か」と、ぼくの日記の一節を手痛く、叩《たた》きつけた。続いて、松山さんが、にこりともせず、怒《おこ》ったような口調で、「あア、好きで好きでたまらない、か」と言いざま、二人とも、声のない嘲笑《ちょうしょう》を、ぼくの胸にねじこむような眼付で、ぼくの顔をみながら、ドアをばたんと、乱暴に閉め、
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