べているうち、ふっと瞼の裏が、熱くなりました。食いおわった杏の種子を、陽にかがやく海に、抛《ほう》ろうとしてから、ふと思い直し、ポケットのなかに、しまいこみました。
しばらく海をみてから、もう練習かなと、Bデッキを瞰下《みおろ》すと、皆はまだ麻雀《マアジャン》でもしているのでしょう。甲板にいるのはデッキ・チェアに寄りかかったあなたと、船客で羅府《ロスアンゼルス》行の第二世のお嬢さんだけ。二人で、なにか仲良さそうに話している。こちらは、莫迦《ばか》みたいに、頬笑《ほほえ》んで、瞰下していると、あなたは、直《す》ぐ気づき、上をむいて、にっこりした。隣《となり》のお嬢さんも、おなじく見上げる。ぼくは、視線のやりばに困るから、船尾のほうを眺めるふりをしている。とまもなく、第二世のお嬢さんは、眼をつむり、寝《ね》てしまっている様子です。
思いきって、ぼくが合図に、右手を高くあげると、あなたも右手をあげて振《ふ》る。ほんとうに、片眼をおもいッきり、つぶってウインクをしてみる。あなたの顔は、笑いだす。ぼくも、だらしなくにこにこします。
一瞬《いっしゅん》、船は停《とま》り、時も停止し、ただ、こ
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