。ぼくにしてみれば、話の最中ふりかえって此方《こちら》をみる、クルウの先輩達《せんぱいたち》もいるし、それでなくとも、氏の一言一句が、ただ、ぼくに向っての叱声《しっせい》に聞え、かあッと、あがってしまうのでした。氏は語をついで、
「だいたい、この前のアムステルダム行の時は、このことを怖《おそ》れ、男子船と女子船とを別々に立たせたものだ、今回も前に比べれば、人数も増えているし、万一のことがあってはと心配して『男女七歳にして席を同じうせず』式の議論から、別々に立たせるのを主張する人もあったが、ぼくは、『厳粛なる自由』《スタアンリバティ》を称《とな》え、笑って、その議論を一蹴《いっしゅう》した。諸君、もう一度、君達の胸のバッジをみたまえ。光輝《こうき》ある日の丸の下に、書かれた Japanese Delegation の文字は、伊達《だて》では、ねエんだろ。俺《おれ》は今朝、ある忌《いま》わしい場面を、この船の事務員が見たとか、いう話をきいたときは、初めは話のほうが信用できなかった。否《いや》、今でも、そんな話は信用しとらん。
 しかし、こういっただけで、若《も》し、その事実ありとしても、そ
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