ー》[#「起上り」にルビ]が、おくれて、叱《しか》られるのですが、あの数日は、すばらしい好調でした。
 いつもは隣《となり》のバック台に、合わそうとすればする程《ほど》合わないのが、その頃は合わそうとしないでも、いつの間にかチャッチャッとリズムが出てくるのです。身も心も浮々《うきうき》していて、普段《ふだん》は音痴《おんち》のぼくでも、ひどく音楽的になれたのでしょう。そのリズムに乗ってしまえばしめたもので、カタンと足で蹴り身体を倒《たお》した瞬間《しゅんかん》、もう上半身は起き上がり、スウッと身体は前に出てゆきます。手首をブラッと突《つ》きだし、全身が倒れた反動で、ひとりでに進むのをゆるくセエブしながら、みはるかす眼下ひろびろと、日に輝く太平洋が青畳《あおだたみ》のように凪《な》いでいるのを見るのは、まことに気持の好《よ》いものです。
 そんな時、監督《かんとく》に廻って来た総監督の西博士が、コオチャアの黒井さんに、「みんな、坂本君位、身体があれば大したものだなア」と褒《ほ》めて下さるのを聞くと、いつもクルウの先輩《せんぱい》連からは、「大きな身体を、持てあましていやがって――」など言
前へ 次へ
全188ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 英光 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング