ス。
 ぼくはその夏、鎌倉《かまくら》の家へ行っていました。
 毎日、夕暮《ゆうぐれ》になるとあなたからの手紙が廻送《かいそう》されているような気がして、姉の子をおぶい、散歩に出た浜辺《はまべ》から、祈《いの》るような気持で、姉の家に帰って行ったものです。
 相模《さがみ》の海の夕焼け空も、太平洋の夕照とかわりありません。到頭《とうとう》あなたの手紙は来なかった。

 それから間もなく、ぼくは兄の指導下に、学内のR・Sを手始めとして、段々本格的な左翼《さよく》運動へと走って行きました。続いて学内サアクルの検挙、一人の母を棄《す》てて地下へ、工場へ。ストライキから掴《つか》まって転向、というヤンガアジェネレェション一通りの経過をへたぼくが、狂熱《きょうねつ》的な文学青年になったのは、オリムピックの翌々年の春でした。
 なにより先に、あなたとの思い出が書きたく、すでに書き溜《だ》めの原稿紙《げんこうし》も五六十枚になった頃、偶然《ぐうぜん》、新宿の一食堂で、中村さんに逢いました。
 暫く見ないうちにすっかり大人になった、来年はまた伯林《ベルリン》に行けると張切っていた中村さんから、先《ま》
前へ 次へ
全188ページ中184ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 英光 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング