た》えられていたのですから、ぼくにとっては肉体的の苦痛も、ですが、それよりも、精神的なへばりのほうが我慢できなかった。
 ぼくは、ボオトのことばかりでなく、日常生活でも、することが一々|無態《ぶざま》だというので、先輩達にずいぶん叱られた。叱られた上に馬鹿にされていました。ぼくみたいに、弱気な人間には、ひとから侮辱《ぶじょく》されて抵抗《ていこう》の手段がないと諦《あきら》め切る時ほど、悲しい事はありません。なにをいっても、大坂《ダイハン》は怒《おこ》らない、と先輩達は感心していましたが、怒ったら、ボオトを止《や》めるよりほかに手段がない。また、そうしてボオトを止めるのは、ぼくのひそかに傲慢《ごうまん》な痩意地《やせいじ》にとって、自殺にもひとしかった。
 それで、背広を失くした苦痛に、加えて、こうした先輩達の罵声が、どんなに辛辣《しんらつ》であろうかと、思っただけでもたまりません。蔭口《かげぐち》や皮肉をとばす、整調森さんの意地悪さ、面とむかって「ぶちまわすぞ」と威《おど》かす五番松山さんの凄《すさ》まじさ、そうした予感が、堪《た》えがたいまでに、ちらつきます。またそうした先輩達の笞
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