た。ひとりで、ホテルの裏にでると、ダンス場があって、ちょうどヒリッピン人の会合があり、彼等《かれら》が、勝手放題に、淫《みだ》らな踊り方をしたり、または木蔭《こかげ》で抱擁《ほうよう》し合っているのをみると、急に淋《さび》しく、あなたが欲《ほ》しくてたまらなくなるのでした。
試合《ゲエム》が済んだあとでは、みんな、各自、県人会のひとに案内して貰ったり、または自分達同士でロスアンゼルスに遊びに行ったりしては、やれ今日は飛行機に乗ったとか、秘密のキャバレエで酒を飲まされたとか、レビュウガアルのアパアトで三十|弗《ドル》もとられたとか、そんな話の種を持って帰っては、面白そうに話しあうのでしたが、ぼくはまた、独りぽっちの仕様ことなしに、近所の子供と遊んだり、子供達から自転車を借りて乗りまわしたり、ただあてもなく散歩したり、そんな無為《むい》な日々をすごすことが多かった。
いまでも憶《おも》いだす、なつかしい路《みち》は、合宿裏の花壇《かだん》にかこまれた鋪道《ほどう》のことです。
ジギタリス、アネモネ、グラジオラス、サフラン、そんな花々につつまれて、一日中、陽《ひ》があたっている明るさ暖かさでした。ぼくがその路を、胸に紅《あか》く日の丸のマアクの入ったスエタアを着て、トレエニングパンツのゴムをぱちんぱちんとお腹にはじきながら、ぶらぶら何遍《なんべん》も往復し一体どんな歌をうたっていたと思います。おけさ節に、インタアナショナル、北大校歌に、オリムピック応援歌《おうえんか》、さては浪花節《なにわぶし》に近代詩といった取り交ぜで、興がわくままに大声はりあげ、しかも音痴《おんち》はこの上なしというのですから、他人には見せも聞かせもしたくない、のんびりした阿呆《あほ》らしい風景でした。
そんなとき、いちばん誰|憚《はば》からず、あなたのことを想って、愉《たの》しいときを過しました。白昼、花々|匂《にお》う小路をさまよい、勝手な空想にふけっていれば、あなたはいつもぼくの身近く、浄《きよ》らかな童女のような相貌《そうぼう》で、ぼくにつき纏《まと》っていたのです。
二十
宿舎の近くに、アイスクリイムスタンドがあって、そこに、十八|歳《さい》になる、ナンシイという可愛《かわい》い看板娘《かんばんむすめ》がおりました。
ぼくなぞは、夜間照明のベエスボオルなどを近所
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