》で、「村の祭が、取り持つ緑《えん》で――」という、卑俗《ひぞく》な歌を、口ずさんでいましたが、ぼくの寝姿をみるなり、「オリムピックが取り持つ縁で、嬉しい秋ちゃんとの仲になり」と歌いかえてから、沢村さんと顔見合せ、ゲラゲラ笑いだしました。ぼくは、不愉快《ふゆかい》そのもののような気持で、ベッドに引繰《ひっく》り返ったまま、眼を閉じていると、松山さんは、なおも、手近にあった通俗雑誌を手にとり、ぼくの横にわざと、ごろりと寝て、いかにも精力的らしい体臭《たいしゅう》をぷんぷんさせながら、雑誌をめくり、適当な恋愛《れんあい》小説をみつけると、その一節を、こんな風に読みかえて、ぼくを嘲弄《ちょうろう》しようとしました。
「そう言うと、熊本秋子は、坂本の胸に深く顔をうずめた。その白いうなじに、坂本は接吻《せっぷん》したい誘惑《ゆうわく》を烈《はげ》しく感じたが、二人の純潔《じゅんけつ》のために、それをも差し控《ひか》えて、右の手を伸《の》ばし、豊穣《ほうじょう》な彼女の肉体を初めて抱きしめたのである」
ぼくは泣きだしたい気持でした。松山さんはなおも、厭《いや》らしく女の声色も使って、「『いやですわ。いやですわ』と秋子は叫《さけ》びながら、坂本の胸を両手でおしつけた。秋子の薫《かお》るような呼吸が感ぜられ、坂本は悩《なや》ましいほど幸福な気がした。
『今ではいけないのでしょうか』
『いいえ、日本にお帰りになってから』」
あえて、ぼくは神聖な愛情とは呼びません。しかし、子供めいたお互《たが》いの友情を、そんなふうに歪曲《わいきょく》して弄《もてあそ》ばれることは、我慢《がまん》できない腹立たしさでした。
十五
翌日、練習休みで、近くのゴルフリンクヘ一同でピクニックに行きました。
前夜、眠《ねむ》られぬ頭は重く、涯《はて》しないみどりの芝生《しばふ》に、初夏の陽《ひ》の燦然《さんぜん》たる風景も、眼に痛いおもいでした。
東海さんが、顔|馴染《なじみ》のフォオド会社の肥《ふと》った紳士《しんし》に、ゴルフを教えてもらい、なんども空振《からぶ》りをして、地面を叩《たた》く恰好《かっこう》を面白《おもしろ》がって、みんな笑い崩《くず》れていましたが、ぼくにはつまらなかった。
みんな、写真機を買いたてで、ぼくも金十八|弗也《ドルなり》のイイストマンを大切に抱《かか》
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