長から、「煩さいぞッ」と呶鳴《どな》られるほど声高に語り止めなかったのが、段々、人を殺したり殺されたりの血腥《ちなま》ぐさい禁欲耐忍の日々が続く中、岡田がぼくに返事さえ云い渋るほど無口になってゆくのに気づいた。
そんな岡田はある朝、前の野営地に自分の飯盒《はんごう》をおき忘れ、分隊長に両ビンタを食い、その昼、みんなの食事をぼんやり眺めさせられるような刑罰を受けた。翌朝、岡田はまた防毒面に雑嚢《ざつのう》をなくしているのを分隊長に発見され、銃床で思いっきり尻ぺたをこづかれ、六尺豊かの大男が鼠のようにキュウキュウ泣いていた。二十貫近くの肉体が見る間に骨と皮だけになり、張切っていた特号の軍服もダブダブボロボロ、紅顔|豊頬《ほうきょう》、みずみずしかった切長の黒瞳も、毛を毟《むし》られたシャモみたいな肌になり顴骨《かんこつ》がとびだし、乾いた瞳に絶えず脅えた表情がよみとられた。ぼくは自分自身さえ昼夜を分たぬ戦闘行軍に、食欲と睡眠の快楽だけに支えられ、やっと生きている時だったから、そのような岡田の急激な衰弱振りに同情するよりも、動物的な優越感や軽蔑、憎悪の本能感情が強かった。次の朝、更に岡田は
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