い音を響かせ、その銃剣の先を五寸ほど、とびかかるようにして二、三度つきとおした、中国人は声なく自分の下腹部を押え、前の穴に転げ落ちる。ぼくは鳥肌立ち、眼頭が熱くなり、嘔気がする。(さようなら。見知らぬ中国人よ、永久にさようなら)
ぼくは共産八路軍と交戦し、勇敢な十四、五の少年の中国兵を捕えたことがある。精悍《せいかん》な風貌をした紅顔の美少年。交戦中の捕虜は荷厄介として全て殺してしまうぼくたちも、彼の若い美しさを惜しみ、荷物を持たせる雑役に使うことにした。しかし彼は飽迄も日本軍への敵意を棄てず、ぼくたちが黄河河畔の絶壁の上を喘ぐように行軍していた際、突然、荷物を棄てると、その絶壁から投身自殺した。数千年の風雨に刻まれた高さ三千丈もある大地壁。顔を覗かせただけでも、下から吹きあげる冷たい烈風、底に無表情に横たわる水のない沼土までの遠さなぞに竦み上がる崖上から、十四、五の少年中国兵が鳥のような叫声をあげ、鳥のように舞い降りたのだ。幅僅か二間あまりの癖に眼くらむほど深い地隙には、絶えず底から烈風の湧く強い空気の抵抗があったから、少年の肉体は風に吹かれる落葉のように揺れながら落ち黒い点となり
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