、どんなにか影響するだろう。いろいろ考えさせられたのである。」
 この劇場に大統領が臨席されたように、日本においても、一つ位営利を離れて、社交の中心となる劇場が必要である。そうだ、日本に帰ったならば帝劇を買収して、高貴の御方や、貴顕紳士の社交場として、東京会館と相俟って、文化の殿堂を建設しよう。日本の社交は、今なお花柳界の力をかりるにあらざれば乾燥無味で、成立しない現状である。そこに、新橋柳橋赤坂は言わずもがな、清く、正しく、美しい社交的施設がゼロであるからである。私はまず第一に、社交の中心を帝国劇場に引寄せ、そこに重点的に、あらゆる施設を充実せしむることが出来るならば、花柳社会の陰影から、明朗高潔の天地を築き上げることができると確信した。
 そして、東京会館と帝劇とを買収すると同時に、も一つ、八層高楼の帝劇会館を右側の空地に建設し、地下道による東京会館と、高橋による帝劇会館との連絡を左右に結び、中央帝劇をして国際的公会堂の性質を持たせ、集会宴席は勿論、公共的であり、倶楽部的であり、個人および国際の便益に奉仕し、ここに芸能本陣の最高峰を築き上げて見たい――という理想は、日支事変と共に一片の反古として葬られ、帝劇会館の青写真は紙屑となって竹中工務店に寝ている。
 帝劇を美麗宏壮に改装すべき夢は破れて、一度は情報局に徴用され、大政翼賛会に利用され、見る影もなき廃墟的存在に蹴落されたのであるが、今や辛うじて復興の緒にこぎ着けたばかりの、哀むべき帝劇の、そのみすぼらしい姿に直面しながらも、私は心ゆくばかり、コオル・ド・バレエやバ・ド・ドウの男性美の豊さに驚喜し、リリストの花やかさを満喫し、恍惚として昔ながらの、若き血のほとばしる快感に満足しつつ、田村支配人の部屋で、その成功を賞め、この企画に活躍した蘆原英了君の努力に敬意を表したのである。蘆原君は、私の宝塚時代可愛いい坊ちゃんで、ファンの一人であった。田村支配人は、麗人入江たか子の主人であり、夫婦雛の典型的美男美女として有名であることよりも、彼等は、劇界の旧習から離脱し、超越して人間味深く、その情艶は同人を羨ませている。
 私は支配人室でサンドウィッチのお弁当をすませ、第四幕オデット姫の助力によって魔法使いロットバルトを刺殺し、舞台が明るくなって、暁近い湖面の背景の前に、王子ジイグフリードと、王女オデット姫と抱き合う最後の感
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