憲兵が警戒している。その中央を海軍大臣の御案内で、大統領閣下は燕尾服に赤い広幅の勲章のリボンを斜めに飾って、令夫人御同道にて入場あらせられるのを、私は外交官席の後に立ってお迎え申し上げたことは、何という偶然の幸福であろう。
 ラッパの音が高く響いたと思うと、あたりがいつとなく静かになり、水兵が二人、鎗を持って露払いのように先導して入場してくる。それから、二、三人の閣僚や、軍令部長などが大統領の前後に、三々五々群をなして、話しながら、平凡に、歩行をつづけ、外交官席に近づくと、一々握手したり、敬礼を受けたり、手軽に挨拶をせられて居られた。大統領夫人も亦同じく御如才なく、夫人方に握手せられておった。
 流石に自由を尊ぶ共和国の光景で、一寸想像が及ばない。不思議に思ったことは、この劇場つきのロジイの鍵を持っている老婆や、外套を預かる番人の老婦や、それ等の使用人が平然として、いつもの通り自分達の席に腰をかけて、大統領の御通行を見物して居るのは、習慣とは言え、日本に見られない図であった。
 大統領が御着席あらせられるその席の下の方に、臨時に出来たオーケストラから国歌の音楽が響き出すと、全員起立、音楽がすむと直ちに余興が始まる。海軍軍服を着た立派な司会者が現われて、音吐朗々、プログラム通り少しも休みなく進行する。舞台はいつもより数間奥深く飾られて、そこには仏蘭西の何とかいう昔の有名な船の内部が、舞台一面にかざられ、何段かの帆が、いくつもいくつも丸い柱にからまれている。そこに兵学校卒業生の新しい軍人が、これから遠洋航海に出発するというところから、余興が始まるのである。(余興は面白いけれど長くなるから省略する)余興の最後に、この国の第一流の俳優達を一々紹介して、一人ずつ舞台に出し、大統領に敬礼をなさしめお客様にも挨拶する。かれこれ二十人もならんだろう。誠に名誉のある嬉しい取扱いだと感心した。
 それがすむと、国歌の音楽に全員起立、大統領は御退席する。舞台の正面にオーケストラが浮上って、音楽になると、広間の客席にダンスが始まる。かくて、夜中の三時四時まで踊りつくして、朝方六時頃解散するという話であるが、払は佐藤大使のお帰り後、直ちに宿に帰ったのは二時頃であった。
 今夜は実によい見学をしたと喜んでいる。この度の旅行中に、かくのごとき思いもよらぬ収穫をえたことは、将来私の思想と文章の上に
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