内務大臣官邸はこれ/\で、』と、官民斬りつ斬られつの修羅《しゅら》を話された。『では、袋を外し、竿|剥《む》き出しにして、往きませう』と言ふと、『それが好《い》いでせう』と、賛成してくれるので、篤《あつ》く礼を述べて別れ、それから、竿の袋を剥き、魚籃を通して担ぎ、百雷の様な吶喊《とっかん》の声、暗夜の磯の怒濤《どとう》の様な闘錚《とうじょう》の声を、遠く聞きながら無難に過ぎることが出来た。若《も》し、奇特者の忠告無く、前の様で、うッかり通ッたもんなら、何様《どん》な奇禍を買ッたか知れなかッたが」と言へり。危《あやう》かりしことかな。
浅草公園の公開? 釣堀
六日の夜は、流言の如く、又焼打の騒ぎあり、翌七日には、市内全く無警察の象《しょう》を現はしけるが、浅草公園の池にては、咎むる者の無きを機《き》とし、鯉《こい》釣大繁昌との報を得たり。釣道《つりどう》の記念に、一見せざるべからずとなし、昼飯後直ちに、入谷《いりや》光月町を通り、十二階下より、公園第六区の池の端《はた》に、漫歩遊観《まんぽゆうかん》を試みたり。
到り観れば、話しに勝《まさ》る大繁昌にて、池の周囲には、立錐の余地だに無く、黒山の人垣を築けり。常には、見世物場の間に散在して営業する所の「引懸釣」、それさへ見物人は、店内に充溢するに、増して、昨日|一昨日《おととい》までは礫一つ打つことならざしり泉水《せんすい》の、尺余の鯉を、思ふまゝに釣り勝ち取り勝ちし得べき、公開? 釣堀と変りたることなれは、数《す》百の釣手、数《す》千の見物の、蟻集麕至《ぎしゅうくんし》せしも、素《もと》より無理ならぬことにて、たゞ、盛なりといふべき光景なるに呆れたり。
竿持てる人々
中島に橋、常に、焼麩《やきふ》商ふ人の居し辺は、全く往来止めの群衆にて、漁史は、一寸《ちょッと》覗きかけしも足を進むべき由なく、其のまゝ廻りて、交番の焼け跡の方に到り、つま立てゝ望む。
東西南北より、池の心《しん》さして出でたる竿は、幾百といふ数を知らず、継竿、丸竿、蜻蛉《とんぼ》釣りの竿其のまゝ、凧《たこ》の糸付けしも少からず見えし。片手を岸なる松柳にかけたるもの、足を団石《だんせき》の上に進め、猿臂《えんぴ》を伸ばせる者、蹲踞《そんきょ》して煙草を吹く者、全く釣堀の光景|其《そ》のまゝなり。
竿持てる者には、腹がけに切絆天《しるし
前へ
次へ
全5ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石井 研堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング