酒浸しとなり、
『少しきり、濡れませんでした。』
と、自ら手拭出して拭きたりしも、化学染めの米沢平、乾ける後には、定《さだ》めて斑紋《ぶち》を留めたらん。気の毒に。
主人は、下婢に座席を拭かせ、膳を更《あらた》めさせながら又話しを続けたり。
主『合せ[#「合せ」に傍点]が頑固ですと、斯様《こん》な失敗を食ふです。芝居の御大将|計《ばか》りで無く、釣は総て優悠迫らず有りたいです。此処にさへ御気が付けば、忽ち卒業です。どうです、一度往ツて見ませんか。僕は此の四日に往くですが…………。』
客『竿は、何様《どん》なのが好いです。一本も持ちませんが。』
少しは気の有りさうなる返事なり。
主『あの通り、やくざ竿が、どツさり有るですから、彼《あ》れを使ひ給へ。使はんでおくと、どうせ虫くふていかんです。』と、竿架棚を指し言ふ。
客『只の一疋でも、釣れゝば面白いですが、釣れませうか。』
此れ、釣りせざる者の、必ず言ふ口上なり。
主『そりア、富籤と違ツて、屹度《きっと》釣れる保証をするです。若し君が往くとすれば、僕は必勝を期して、十が十まで、必ず釣れる方策《ほうさく》に従ふから、大丈夫です。此の
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