寄ツて見んければいかんです。其の中《うち》にぶツつかるですから…………。併し、不精者にはだめです。要所々々を、根よく攻めて歩かんければならんですもの。』
と、右の手を水平に伸べ、緩かに上下して、竿使ふ身振りしながら、夢中に語り続けて、何時已むべしとも見えず。立往生の客ばかり、哀れ気の毒に見えたりしが、恰も好し、某学校の制服着けたりし賀客両人、入り来りしかば、五つ紋の先客は、九死の場合に、身代りを得たる思を為し、匆々《そうそう》辞して起ちたりしが、主人は尚分れに臨み、
『それなら、四日の朝四時までに、僕の家に来給へ。道具も竿も、此方で揃ひてやるから、身体ばかり…………。霜が、雪の様に有ツてくれゝば、殊に好いがね。』
と、※[#「木+厥」、第3水準1−86−15]《くさび》をさしぬ。
この翌日届きし、賀状以外の葉書に、
『拝啓。昨日は永々御邪魔仕り、奉謝候。帰宅候処、無拠《よんどころなき》用事出来、乍残念、来四日は、出難く候間、御断《おことわり》申上候。此次御出遊の節、御供仕度楽み居り候。頓首。』
と、有りければ、主人は之を見ながら、
『又拠ろ無き用事か。アハヽヽヽヽヽ。』



底本:「集成 日本の釣り文学 第二巻 夢に釣る」作品社
   1995(平成7)年8月10日第1刷発行
底本の親本:「釣遊秘術 釣師気質」博文館
   1906(明治39)年12月発行
※ルビを新仮名遣いとする扱いは、底本通りにしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2006年10月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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