が常に教へられなければならない。子供の出生と共に、その両親の幸福は停止せられなければならない。若《も》し両親にして自己の幸福を犠牲にしない時は自然はその法則によつて彼等の罪を子供に報ひ、以て彼等の義務の怠慢を罰するであらう。
斯《か》くの如きものが所謂《いわゆる》世俗の義務論である。この義務論は独り恋愛ばかりでなくその他の人間の関係にも種々なる影響を及ぼしてゐる。而してこの議論中にひそむ大なる誤謬は社会の安寧秩序は必然に個人の犠牲によつて成就せられると云ふ観念である。而してこの理論を明かにする為めに挙げらるゝ証拠も亦等しく虚偽である。かの歴史と謂ひ人種誌といふものゝ示めすところは我々が人性と呼ぶものゝ所作にすぎない。而して人性なるものは元来時代と国民性と風土につれて絶えず変化する現象である。その現象によつて見るに『自然』なるものは一面に命ずる処を他面に禁じ、一方に否定せられる時はそれを他方に要求してゐる。仮令へば仏蘭西《フランス》に於て今日最も進んだ非離婚論の如きは『再婚は自然に反す』とか『婦人は家庭以外に於て決して真の母たる能はず』とか或は『家庭は吾人の理性によつて左右せらるゝものに非ずして社会学或は生物学によつて証明せられたる「自然の法則」に準拠するものなり』といふが如き論拠の上に立てられてゐる。かくの如き議論は特に仏蘭西に於てかの離婚しがたき結婚制度の陰影として『自然の法則』の生んだ姦淫を忘れがたいものにするのである。所謂結婚に対するあらゆる弁護はかの『哀れむべき人々の外交術と称するものは真理を偽はり存在せるものを否定することによつて成立す』と云つたラサルレの言葉を確むるものである。かくの如き議論を聞いて人は結婚の攻撃は夢の如く美はしき牧歌を破壊せんとするものであると想像するかも知れない。併《しか》しながら現今の結婚制度は実に寒心すべきものがある。私等は先づ来るべき新制度に伴ふあらゆる危険を予想した上で現今の制度と比較研究の結果|孰《いず》れが更に恐ろしいものであるかを認めなければならない。よし今の社会状態が多くの不徳と不幸との原因でなかつたとしても、問題は『近代の結婚制度は善良にして果してよく社会の需要に応ずるものなりや』と云ふのではなく『奈何《いか》にせば吾人は種族改善の為め現在のそれより更らに有効なる道徳律を発見し得るや』と云ふに存する。『恋愛と結婚』
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