を入れる所謂間が御座いましたのですわ。所が、その音は網扉が開くと同時に、パタリと止んでしまったのです。もう、これ以上、お耳に入れる事は御座いませんが」
「有難う。所で、推摩居士の屍体を御覧になりましたか?」と法水は、突然異様な質問を発した。
「ハア、先刻寂蓮さんと一所に……。それで、すっかり疲れてしまいましたのですが」
「すると貴女は、推摩居士の行衣の袖に、何を御覧になりましたね」
「サア一向に……。私、そんな事はてんで存じません」と普光尼は、いきなり突慳貪《つっけんどん》に云い放って、ふと首を向け変え夜具の襟に埋めてしまった。
「二本の伝声管か……」廊下に出ると、法水は意味あり気な口吻を洩らしたが、側の室が眼に入ると検事に向って、「どうだね支倉君、ここにある天平椅子にかけて、残りの訊問をする事にしようじゃないか」
 最初に呼んだ寂蓮尼は、まさにゴッツオリの女だった。まだ二十六、七だろうけれども、見ていると透通ってでも行きそうな、何んとなく人間的でない、崇高な非現世的なものが包んでいるように思われた。所が、図書掛りを勤めているこの天使のような女は、事件当時経蔵にいた旨を述べ終ると、推摩
前へ 次へ
全59ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング