世界が、御仏の掌《たなごころ》の中にあろうとは思われませんでした。私は推摩居士が悲し気に叫ぶ声を聴いたのです」
「なに、声をお聴きでしたか?」
「そうです。夢殿から庵主が出る網扉の音が聴こえて、それから間もなくの事でした。笙が鳴り出すと、それにつれてドウと板の間を踏むような音が聴こえました。そして、その二度目が聴こえると同時に、ブーンと云う得体の判らない響きがして、それなり笙も止んでしまったのです。それから二十分ほど後になってから、推摩居士が四本の手と叫ぶのを聴きましたが、二階のはそれだけで、今度は階下の伝声管から響いて参りました」
「すると、伝声管は二本あるのですね」
「ええ、階下の方は、恰度階段の中途で、横板と壁との間にありまして、それは、鳥渡判らない場所なので御座います。それで推摩居士が、今度は低い声で云うのでした」普光尼は幽かに声を慄わせ、異様な光を瞳の中に漂わせた。「宝珠は消えたが、まだ孔雀は空にいる――と斯う仰言《おっしゃ》るのでしたが、それから間もなく、二階で軽いものが飛び散るような音が始まりましたが、それが止みますと、今度はまた笙が鳴り出して――いいえ、無論それには、息
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