主、この童話劇《メエルヘン・ショウスピイル》の結論は、結局菩薩の殺人と云う仮定に行き着いてしまうでしょう。然し、考えれば考える程、却って僕は、その逆説的な解釈の方に、惹かれて行ってならないのですよ」
「承わりましょう――一体何を仰言りたいのです」
盤得尼は屹然と額を上げた。
「要するに、接神妄想《シュルティ》なんですよ。これは、ボーマンの『宗教犯罪の心的伝染』と云う著述の中にある事実ですが、十六世紀の始めチューリッヒの羅馬加特力《ローマン・カトリック》教会に、所謂奇蹟が現われたのです。ある八月の夕方、会堂の聖像が忽然と消え失せてしまって、その代り、創痕から何まで聖像と寸分も異ならない肉身の耶蘇が、十字架の下に神々しい屍体を横たえているのです。しかも、その創痕と云うのが、皮膚の外部から作った傷ではなくて、斑紋様に、内部から浮き上っているものなのです。従って、当然|市中《まちじゅう》は大変な騒ぎとなりましたが、更に不思議な事には、翌朝になると、その耶蘇の屍体が何時《いつ》の間にか消え失せてしまっていて、旧通《もとどおり》、木製の耶蘇が十字架にかかっているのでした。所が、その後三世紀も奇蹟
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