が、その捜査は空しく終ってしまい、真夏の汗ばむ陽盛りに、鏡板の上に付いていなければならぬ筈の、何物をも発見されなかった。が、最後に至って、検事の眼が床の一点に凍り付いてしまった。彼が無言のまま指差した個所を、横合から透して見たとき、法水は、自分の心動を聴いたような心持がした。左手の推摩居士が坐っていた礼盤から始まって、三階へ行く階段の方角へ点々と連なっているのが、中央の塊状を中心に、前方に三つ後方に一つ、それぞれに鏃形《やじりがた》をした、四星形の微かな皮紋であって、その形は、疑うべくもない巨鳥の趾跡だった。しかも、前方から歩んで来て、礼盤の縁で止まっている。それを逆に辿って行くと、遂に三階の階段を上り切ってしまって、突出床から壁に添うて敷かれてある、竹簀の前で停まっていた。検事は前方の壁面を見上げて思わず声を窒《つ》めた。それ迄バラバラに分離していた多くの謎が、そこで渾然と一つの形に纏まり上っている。梵字形の創傷も、流血の消失も、浄善の咽喉に印された不可解な扼痕も……それ等凡て一切合財のものが、孔雀に駕し四本の手を具えた、「孔雀明王」の幽暗な大画幅の中に語られているのではないか。高さ
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