きを罩めて、「そうすると、あれは一体どうなるのでしょうか、お気付きになりませんか? 階段の頂上から此処までの間に、血の滴り一つないのですよ。ねえ法水さん、血みどろの推摩居士は、大体どう云う方法に依って此処まで運ばれて来たのでしょうね? それに、どう考えたって、自分の着衣に血を移すような愚かな自殺的行為を、第一犯人のする気遣いがないでは御座いませんか」
 事実盤得尼の云う通りだった。それまで二人ともそれに気付かなかったのは、光線の加減で五、六段から上が血溜りのように見えたからだった。それから、法水は階下の調査を始めたけれども、床の嵌戸に附いている錆付いた錠前を壊して、床下から数片の金泥を拾い上げたのみの事だった。そうして調査が、赭岩ばかりで出来た海底のように、仄暗い階下から離れて、階段の上に移された。
 然し、階段の中途まで来ると、さしもの彼も思わず棒立ちになってしまった。パッと眼を打って来た金色《こんじき》の陽炎《かげろう》に眩まされて、殺人現場と云う意識がフッ飛んでしまったばかりでなく、先刻盤得尼の手紙を読んで妄覚と笑ったものが、今や彼の眼前で、寒天のように凝り固まって行こうとしてい
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