うとすると、
「なに、鷹が……」と時江は、それまでにない鋭い声を発した。が、その気勢にも似ず、それからぼんやりと仔鹿《かよ》の頸を瞶《みつ》めはじめた。
「欲しくもないものなら、熊鷹か鷲でもいいだろうが、時江、いったいお前は何を考えとるんだな」とその様子を訝《いぶか》しがって、十四郎が問い返すと、時江は皮肉な笑いを泛《うか》べて云った。
「いいえ、なんでもないことなんですの。ただ大兄さんが、仔鹿の傷のない片身を、とろうとおっしゃるので、それはいくら望んだって、もう出来ないことだと云いたいだけですわ。いいえ、どう思ったって、この谿間《たにあい》に来てしまったからには、取れるもんですか」
 それには、刺すような鋭さはあったが、何の意味で、そのように不可解な言葉を吐くのか、まったく煙《けむ》に巻くような不可思議なものがあった。しかし、美しい斑のある片側も、しだいに毛が燃えすれてきて、しばらく経つと、皮の間から熱い肉汁が滴りだし、まったくその裏側と異らないものになってしまった。すると、なお訝《いぶか》しいことには、その後の時江は、別人のように変ってしまって、十四郎がしぶとくその側にのみ、刃を入
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