てもつかぬ、醜い男を夫と信じられたであろうか。
なるほど、持ち物はまさしくそうだし、かつまた身長から骨格までほとんど等しいのであったが、十四郎はまったく過去の記憶を喪《うしな》っていて、あの明敏な青年技師は、一介の農夫にも劣る愚昧《ぐまい》な存在になってしまった。その上、それまでは邪教と罵《ののし》っていた、母の馬霊教に専心するようになったのだが、彼の変換した人格は、おもにその影響を滝人のほうにもたらせていた。と云うのは、だいいち十四郎の気性が、粗暴になってきて、血腥《ちなまぐさ》い狩猟などに耽《ふけ》り、燔祭《はんさい》の生き餌までも、手ずから屠《ほふ》ると云ったように、いちじるしい嗜血《しけつ》癖が現われてきた事だった。またもう一つは、ひどく淫事を嗜《たしな》むようになったという事で、彼女は夜を重ねるごとに、自分の矜恃《ほこり》が凋《しぼ》んでゆくのを、眺めるよりほかになかった。あの動物的な、掠奪《ひった》くるような要求には――それに慣れるまで、彼女は幾度か死を決したことだったろう。そして、その翌年、惨事常事|妊《みご》もっていた稚市《ちごいち》を生み落した以後は、毎年ごとに流産
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