と》まりのつかない、空想的な形に見えだしてきたが、そのうち、突然に彼女は、がんと頭を撲《う》たれたような気がした。そして、思わず眼が昏《くら》むのを覚えた。
今まであの隧道《とんねる》の惨事以来、彼女に絶えず囁《ささや》きつづけていた、高代《たかよ》という一事が、今度も滝人の前に二つ幻像となって現われた。それは、最初鵜飼の腸綿《ひゃくひろ》の中に現われて以来、あるいはくらの瞳の中に映ったり、また数形式《ナンバー・フォームス》の幻ともなって、時江を脅《おびや》かした事もあった。けれども、いよいよ最後には二つの形をとり、滝人の企てを凱歌《がいか》に導こうとしたのである。漠として形のない、心の像のみで相手を斃《たお》す――それは、誰しも望むべくして得られない、殺人の形式として、おそらく最高のものではないか。
午後の雷雨のために、湿気が吹き払われたせいか、山峡の宵深くは、真夏とも思われぬ冷気に凍えるのを感じた。頭上に骨っぽい峰が月光を浴びて、それが白衣を着た巨人のように見え、そのはるか下に、真黒な梢を浮き上がらせている樅《もみ》の大樹は、その巨人が引っさげている、鋭い穂槍のように思えた。そ
前へ
次へ
全120ページ中101ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング