原の前方あたりで、小法師岳の裾を馬蹄形《かなぐつがた》に迂廻してゆき、やがては南佐久の高原中に消えてしまうのであるが、その小法師岳は数段の樹相をなしていて、中腹近くには鬱蒼《うっそう》と生い繁った樅《もみ》林があり、また樹立のあいだには小沼があって、キラキラ光る面が絶《き》れ切れに点綴されているのだ。そして、そこから一段下がったまったくの底には黒い扁平《ひらた》い、積木をいくつも重ねたようにみえる建物があった。
 それは、一山支配《ひとやましなべ》当時の遺物で、郷土館であったが、中央に高い望楼のある母屋を置いて、小さな五つあまりの棟がそれを取りかこみ、さらにその一画を白壁の土塀が繞《めぐ》っていた。だがもし、その情景を、烈々たる陽盛りのもとに眺めたとすれば、水面から揺らぎあがってくる眩いばかりの晃耀《くわうえう》[#底本のまま]が、その一団の建物を陽炎《かげろう》のように包んでしまい、まったくそこには、遠近高低の測度が失われて、土も草も静かな水のように見える。また建物はその上で揺るぎ動いている、美しい船体としか思われなくなってしまうのだった。そうして、現在そこには、騎西一家が棲んでいる
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