け廻るにすぎませんでした。ああほんとうに、あの仮面を見ていると、頭の中が徐々《だんだん》と乱れてきて、不思議な幻影があちこち飛び廻るようになってしまいます。ですけど、どのみちこの運命悲劇を、自分の力でどうすることも出来ないとすれば、結局相手を殺すか、私が死ぬかの二つの道しかないわけでございます。でも、それには、ぜひにも理由を決定しなければなりません。ところが、それが出来ないのでございます。あの決定《けじめ》がつかないまでは、どうして、影のようなものに、刃《やいば》が立てられましょうか。そうしますと、一方ではあの執着が、私の手を遮ってしまうので、結局宿命の、行くがままに任せて――。死児を生み、半児の血塊《ちだま》を絶えず泣かしつづけて――。ああほんとうに、あの鬼猪殃々《おにやえもぐら》の原から、生温《なまぬる》い風が裾に入りますと、それが憶い出されて、慄然《ぞっ》とするような顫《ふる》えを覚えるのでございます。ねえ貴方、それを露西亜《ロシア》的宿命論というそうではございませんか。帝政露西亜の兵士達は、疲れ切ってしまうと、最後には雪の中に身を横たえてしまって、もう何事もうけつけず、反応もなければ反抗もせず……」
そこまで、云いつづけているうちに、頭上にある栴檀《せんだん》の梢から、白い花弁《はなびら》が、その雪[#「その雪」に傍点]のように舞い落ち、滝人の身体はよほど埋まっていた。すると、それに気づいたのが、恐ろしい刺激ででもあったかのごとく、彼女はいきなり弾《はじ》かれたように立ち上がった。
「だいたい、隠されたものというのは、それが表に現われる日が来るまで、どうあっても、隠されていなければならないといいます。けれども、もうそんな日が来るのを、こっちから便々と待ってはいられなくなりました。そうして終《つい》に、私も決心の臍《ほぞ》を固めて、どのみちどっちに傾いたところで、陰惨この上ない闇黒世界であるに相違ないのですから、私の一身を処置するためには、どうしてもあの二つの変貌と、高代という名の本体を、突き究《きわ》めねばならぬと思いました。それから、辛い夜の数を一つ一つ加えながら、いつ尽きるか涯しないことを知りながらも、あの永い苦悩と懐疑の旅に上っていったのでした」
雷鳴のたびごとに、対岸の峰に注ぐ、夕立の音が高まり、強い突風が樹林のここかしこに起って、大樹を傾け梢を
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