そう激昂して蒼白くなるが、やがてそうしているうちに、最初は一つだった集団が、幾つにも、水銀の玉のように分れてゆくのだった。しかし、信者の群は、なおも闇の中から、むくむく湧き出してくるのだったけれども、それが深谷《ふかや》あたりになると、大半が切り崩されてしまい、すでに神ヶ原では、五人の周囲に人影もなかった。
かくして、一種の悲壮美が、怪教馬霊教の終焉《しゅうえん》を飾ったのだったが、その五人の一族は、それぞれに特異な宿命を背負っていた。そればかりでなく、とうに四年前――滝人が稚市《ちごいち》を生み落して以来というものは、一族の誰もかもが、己れの血に怖ろしい疑惑を抱くようになってきて、やがては肉も骨も溶け去ってしまうだろうと――まったく聴いてさえも慄然《ぞっ》とするような、ある悪疫の懼《おそ》れを抱くようになってしまった。そうして、そのしぶとい相克が、地峡のいいしれぬ荒廃と寂寥《せきりょう》の気に触れたとすれば、当然いつかは、狂気とも衝動ともなりそうな、妙に底からひたぶりに揺り上げるようなものが溜ってきた。事実騎西一家は、最初滝人が背負ってきた、籠の中の生物のために打ち挫《ひし》がれ、続いてその残骸を、最後の一滴までも弾左谿が呑《の》み尽してしまったのである。
さて、騎西家の人達は、そのようにして文明から截《た》ち切られ、それから二年余りも、今日まで隠遁《いんとん》を破ろうとはしなかった。が、そうしているうちに、この地峡の中も、しだいにいわゆる別世界と化していって、いつとなく、奇怪な生活が営まれるようになった。ところが、その異常さというのがまた、眼に見えて、こうと指摘できるようなところにはなかったのである。現に、この谿間《たにま》に移ってからというものは、騎西家の人達は見違えるほど野性的になってしまって、体躯《からだ》のいろいろな角が、ずんぐりと節くれ立ってきて、皮膚の色にも、すでに払い了せぬ土の香りが滲み込んでいた。わけても、男達の逞《たくま》しさには、その頸筋を見ただけで、もう侵しがたい山の気に触れた心持がしてくる。それほど、その二人の男には密林の形容が具わってきて、朴訥《ぼくとつ》な信心深い杣人《そまびと》のような偉観が、すでに動かしがたいものとなってしまった。
したがって、異常とか病的傾向とかいうような――それらしいものは、そこに何ひとつ見出されないのが
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