。
「ザチ、ああザチ」
彼は狂気のようにさけんだ。
大塩沙漠《ダシュト・イ・カヴィル》の覗き穴から地下へ帰った、女王ザチが美袍《ガウン》を着、いまは死体となって油の流れにまかせている。夢ではないか。これは一体なんということだろう。暫く茫然としてなすを知らなかった折竹が、やがて、裳裾の端をつかんでぐいと引きあげた。その、懐中からでたのが、身分証明のようなもの。
――前マリンスキー歌劇場の女優、ナデジーダ・クルムスカヤである。当「国家保安部」の一員たるを証明す。
ああ、やはり――と、いま折竹はすべてを知ったのだ。晦冥国《キンメリア》も、地底の住民もこの「大盲谷」にはない。女王ザチも、やはり最初察したように、ソ連の女だった。彼女は対印新攻撃路を求めようという祖国の意志により、まず折竹を探検に誘おうとした。その、クライマックスが大塩沙漠、たぶん、夜、飛行機で驕魔台《ヤツデ・クベーダ》へ降り、折竹らをみるや、覗き穴を下ったのだろう。それは、晦冥国を思わせる巧妙な手だったが……しかし、それでザチは死ななければならない。
鉄の意志――。これも犠牲を自覚した、貴い一人だ。と、彼は虔《つつま》
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