けられている。
「これが、エスピノーザ閣下を遇する方法かね」
さすが、折竹の声は顫《ふる》えもせずに、発せられる。そうして、眼前の男をつくづくながめると、それは狐のような顔をしたイギリス人。さてはと、彼は何事かを覚ったのである。そこへ、その男が圧するような声で、
「折竹さん、一言ご注意しておきますが、われわれには力がある。どうです、ここで荒らだって、からだを失くしますかね。イギリス保護領のこの空港には、いたる所に銃口が伏さっている。マア、暫くご辛抱願いましょう」
アラビヤ兵の白衣《バーナス》が点々とみえていたのが、眼隠しをされ、まっ暗になる。男は、彼を自動車にのせ、一時間ばかり運んでいった。やがて、家らしいものに着くと、眼隠しをとられる。彼のまえには顎《あご》骨のふとい、大きな男がぬうっと立っているのだ。五十ばかりでほとんど表情がない。それが却って、悚《すく》めるような凄味。
「儂《わし》は、ある任務の男で、セルカークといいます。今夜は、あなたとは大変不本意な会見で……」
「驚いたですよ。マア、大抵なところでご大赦に願いたいですな」
といまは度胸もすっかりすわった折竹は、臆す色もなく生洒々《いけしゃあしゃあ》として、
「時に、ここは何というところで……」
「なるほど」
とセルカークは冷酷そうな笑いをうかべ、
「ご自分の、墓になる所だけはご存知なくてはなりますまい。ジェベル・カスルン。付近には製油所があります」
それなり、暫くはなんの声もなかったのである。夜の沙漠の冷々としたなかで、にぶい灯りが二人を照らしている。ちょっと、折竹のからだが顫《ふる》えたようにみえた。墓――※[#疑問符感嘆符、1−8−77] なん度胸に問うてもおなじ意味の答えを、彼はぼんやりと味わっていた。死ぬ、そうとすれば、どんな理由で……。
「とにかく、危険な存在は殺《や》らにゃなりませんでな。あなたは、アフガニスタンのダワダール[#「ダワダール」は底本では「クワダール」]で降りて、『大地軸孔』へゆくつもり……ねえ」
「いや、大変なちがいだ。このまま僕は、ずうっと本国へ帰る」
「ハッハッハッハッ、こっちでそう信じている以上、釈明は要りません。つまり、あなたをあの『大地軸孔』へは遣りたくない――その意味はお分りだろうと思います。あの辺のすべてが不明であるということが、わがインドの貴重な守りになっている。しかし、もし貴方がゆけば、どうなるか分らない。ヒルト博士らのほかの人たちはとにかく、こっちは、貴方一人の超人力をおそれている。インドを、ソ連の南下策から完全に護らにゃならない」
「ふむ」
と折竹は笑うような表情をして、
「あまり、偉そうに見られたのが、とんだ災難でしたよ。いや、デモクラシーも当てにはならん」
「お気の毒です。しかし、これが任務ですから」
とセルカークが心持頭をさげ、彼にペル・メルをすすめた。その莨煙《けむり》のなかで暫くのあいだ、折竹はじっと考えていたが、
「やれやれ、おなじ事なら探検で死んだほうがいい。僕は『大塩沙漠《ダシュト・イ・カヴィル》』地下の油層をさぐるわけだったのです」
と、セルカークの頭がヒョイと上って、
「油層」
と、彼は惹かれたような表情になった。
「そうです。あなたの想像は不幸にして違っているが、僕のほうのはおそらく図星でしょう。それは、東は外蒙からサハラ沙漠まで延びているといわれる、地下の大想像洞、『大盲谷《グレート・ブラインド・ヴァレー》』。ギリシアのホーマーでさえが晦冥国《キンメリア》といっていた、大盲谷が実際にあるらしいのです。むろんそれは、土地によって高低がちがうでしょうが、岩塩と、石灰岩層を貫いて流れている。しかも、その大盲谷二万マイルのうえは豊潤な油層だ」
招かれざる女王
地下の大盲谷、暗黒の二万マイル。その存在は非常に古いころから、想像されもし書かれてもいるが、もしこれが余人の口からでたのだったら、即座に一蹴《いっしゅう》されたにちがいない。いまは、セルカークも妖《あや》かしに会ったような顔。
「なるほど、その想像洞のうえは、大沙漠帯ですね。それに、所々方々に油田が散らばっている」
「そうですよ。全部油脈は岩塩油田であるか、それでなければ、石灰岩層に入っています。おそらくその大盲谷はソ連領にも伸びているでしょう。ねえ、エンバの油井《ウエル》は岩塩油田でしょう。また、コーカサスのは石灰岩層にあります。とにかく、岩塩を溶かし、石灰岩を溶かし地下へ滴《したた》る石油が大盲谷をつくったといわれる」
ああ、大盲谷をうねくる、石油の大暗流。いかな名画工、いかな名小説家といえど、その光景を髣髴《ほうふつ》とすることはできないだろう。しかしそれは、ただ想像だけとするならまことに素晴らしいがと……暫
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