なっている。しかし、もし貴方がゆけば、どうなるか分らない。ヒルト博士らのほかの人たちはとにかく、こっちは、貴方一人の超人力をおそれている。インドを、ソ連の南下策から完全に護らにゃならない」
「ふむ」
と折竹は笑うような表情をして、
「あまり、偉そうに見られたのが、とんだ災難でしたよ。いや、デモクラシーも当てにはならん」
「お気の毒です。しかし、これが任務ですから」
とセルカークが心持頭をさげ、彼にペル・メルをすすめた。その莨煙《けむり》のなかで暫くのあいだ、折竹はじっと考えていたが、
「やれやれ、おなじ事なら探検で死んだほうがいい。僕は『大塩沙漠《ダシュト・イ・カヴィル》』地下の油層をさぐるわけだったのです」
と、セルカークの頭がヒョイと上って、
「油層」
と、彼は惹かれたような表情になった。
「そうです。あなたの想像は不幸にして違っているが、僕のほうのはおそらく図星でしょう。それは、東は外蒙からサハラ沙漠まで延びているといわれる、地下の大想像洞、『大盲谷《グレート・ブラインド・ヴァレー》』。ギリシアのホーマーでさえが晦冥国《キンメリア》といっていた、大盲谷が実際にあるらしいのです。むろんそれは、土地によって高低がちがうでしょうが、岩塩と、石灰岩層を貫いて流れている。しかも、その大盲谷二万マイルのうえは豊潤な油層だ」
招かれざる女王
地下の大盲谷、暗黒の二万マイル。その存在は非常に古いころから、想像されもし書かれてもいるが、もしこれが余人の口からでたのだったら、即座に一蹴《いっしゅう》されたにちがいない。いまは、セルカークも妖《あや》かしに会ったような顔。
「なるほど、その想像洞のうえは、大沙漠帯ですね。それに、所々方々に油田が散らばっている」
「そうですよ。全部油脈は岩塩油田であるか、それでなければ、石灰岩層に入っています。おそらくその大盲谷はソ連領にも伸びているでしょう。ねえ、エンバの油井《ウエル》は岩塩油田でしょう。また、コーカサスのは石灰岩層にあります。とにかく、岩塩を溶かし、石灰岩を溶かし地下へ滴《したた》る石油が大盲谷をつくったといわれる」
ああ、大盲谷をうねくる、石油の大暗流。いかな名画工、いかな名小説家といえど、その光景を髣髴《ほうふつ》とすることはできないだろう。しかしそれは、ただ想像だけとするならまことに素晴らしいがと……暫
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