の土を護るため、侵入者をふせぐため……ある必要な手段をとるに先立って、一応お願いいたします。
 いま、血をみずにすみますことは貴方さまのご一存で、「大地軸孔」ゆきをお止めになることですわ。これは、貴方さまのため、私どものため、ぜひ枉《ま》げても、お聴き入れねがいたいと存じます。
[#地から2字上げ]地底の女、ザチより

   晦冥国《キンメリア》大油層

 魔境からの女、やはり「大地軸孔」のしたには住民がいるのか。暗黒中の生活はどういうものだろう、どんな文明をもち、どういう衣食住をし、あの一生陽の目をみない大暗谷[#「大暗谷」は底本では「大暗黒」]にいるのか※[#疑問符感嘆符、1−8−77] と、まだ夢を追うような醒めやらぬ気持のなかで、折竹はつくねんと考えていたのだ。
 しかし気が付くと、どうやらこれが眉唾《まゆつば》のもののようにも思われてくる。「大地軸孔」のしたの晦冥《かいめい》国の女なんて、どうもこりゃ芝居がすぎるようだ。きっと、その女を躍らしている闇の手があるのだろう。と、思うが見当も付かない。結局、ザチのことは半信半疑に過ぎてゆくのだった。とその時、部屋付女中が窺《うかが》うような目をして、
「あの方を、ほんとに旦那さまは、ご存知ないのですか」
「知らんねえ、一向イランやあの辺の人には、近付きがないからね」
「そう、じゃ私、勘違いしてたのかしら……」
「どんな事だ」
「じつは、私、こう考えていたんですの。どこか、近東の古いお寺から、旦那さまが宝物をお盗みになった。その跡を蹤《つ》けてはるばるあの方が、『月長石《ムーン・ストーン》』のように追ってきたんじゃないかしら……。宝物を返せ、さもなくば殺してしまうぞ――って、いま、旦那さまは嚇されてるんじゃない※[#疑問符感嘆符、1−8−77] ホホホホホホ、お怒りになっちゃあたくし、困りますわ」
 こんな冗談から、なにか引きだそうとする部屋付女中の態度も、折竹には不愉快な一つだ。しかし彼は、なぜ「大地軸孔」ゆきを断念したのだろう。こういう、英官辺の厭がらせのためか……それとも真実「大地軸孔」は征服不可能なのか。いや、彼のゆくところ砕けざる魔境はない。では、それはどういう理由《わけ》だろう。
 ――探検とは、国という砲身のはなつ弾丸なり。
 この言葉を、彼は忘れていたわけではないけれど、いまロンドンにいてイギリス人
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