命さえも賭そうという、次期州知事の候補者の一人だ。そうなると、ルチアノ一味とは反対の立場にある、ロングウェル氏が知るというのではなんの意味もなさない。なぜ、ルチアノ一派がそれを知っているらしいのか、折竹がそのことを訊いた。
「クルト君、君はルチアノの連中と関りあったことはないかね」
「ルチアノ※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」とクルトは驚いたような顔をして、
「僕が、なんで汚《けが》らわしいあの連中を、知るもんですか。驚いた。それは、どういう訳ですね」
ルチアノと、知らない! ますます、折竹は分らなくなっていくばかり。まったく、これはクルトが嘘を言っているか……、それとも、隠し事でもしてない以上、腑《ふ》に落ちないことだ。と、彼はいきなり語気をつよめ、
「君はまだ、僕に隠していることがあるね。もし、金にしようというのなら、幾らでも出させるが……」
「えっ、何のこってす※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」と、クルトはポカンとなる。
それに、嘘の分子が微塵もないということが、折竹にはハッキリと分るのだが……。しかしそれでは、ルチアノ一派がどうして知っているのか? まず彼らの大好物である富源のようなものでもない限り、またそれを、あの一味が知る機会がないかぎり……と、なおも折竹は執拗に畳みかけてゆく。
「では君が、僕に未知の国の所在を、売ろうと言ったわけは? あのお父さんの怪無電以外に、もっとこの問題を現実付けるものが、なけりゃならんね」
「それは」とクルトがぐびっと唾をのむ。ついに、ここに最終のものが現われるか。「それは、あの鯨狼《アー・ペラー》がどこにいたか。私が、あの奇獣をどこで捕まえたか」
「なに、鯨狼を捕獲した場所※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」
「そうです。父のあの無電を現実付けるものが、鯨狼の捕獲位置にあるのです。それが、北緯七十四度八分。西経……」
と、言いかけたとき、怖ろしいことが起った。とつぜん、窓|硝子《ガラス》がパンと割れたと思うと、クルトの顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》にポツリと紅いものが……。彼が、ポカンと馬鹿のように口を空けていたのも瞬時、たちまち、崩れるように床へ転げ落ちてしまったのだ。
ルチアノ一味の手が肝腎なところの瀬戸際で、クルトの口を塞いでしまったのである。西経……、ああそれが分れば。
「|冥路の国《セル・ミク・シュア》」争奪
ルチアノの魔手──それはいわずと分ることである。まったく、訳も分らぬことばかりが引き継いでおこる事件のなかで、なにより骨子となるミュンツァ博士の怪無電が……やっと、ヴェールを除《と》ろうとすればもうこの始末。可哀想にと、折竹も暗然と死骸をみている。
ルチアノめ「|冥路の国《セル・ミク・シュア》」になにを狙っている※[#疑問符感嘆符、1−8−77] 何を何をと、ただ盲目さぐりの焦《いら》だたしいその気持は、くそっ、ゴージャンノットの結び目に逢ったかと、折竹も嗟嘆《さたん》の声をあげるばかり。という、その錯綜の謎は並べてみてさえも、皆さん、頭が痛くなるではないか。
一、クルトの父ミュンツァ博士が、グリーンランドの内地に新ドイツ領を発見したという。しかしそれは、じつにどうにも考えられぬこと……、でまずまず「冥路の国」の魅魍《みもう》のため狂人になったとしか思えぬ。
二、ところがそれに、倅《せがれ》のクルトは鯨狼《アー・ペラー》の捕獲位置から、一脈の真実性があるという。まず、その地の緯度をいい次いで経度をいおうとしたとき、飛びきたった銃弾に斃《たお》された。それは、疑う余地もないルチアノ一味の仕業。
三、では、ルチアノ一味はどこからその情報を手に入れたか。クルトは、清廉《せいれん》頑検事のロングウェル氏に話したのみと言うが、そのロングウェル氏はルチアノ一派の対敵──その辺の消息が、皆目分っていない。また、その地へルチアノ一味が食指を動かしているというについては、なにか驚くべき富源のようなものがなければならない。しかしもう、その事についても怪無電の真相も、すべてはクルトが墓場へ持っていってしまっている。
と、踏み彷徨《さまよ》うような当て途もない気持のなかで、なんだか折竹は魔境の呼び声をうけてくる。謎を解く、それもクルトへの弔い合戦か。と、腰を抜かしたようなケプナラを促がしながら、やっと彼は死人のそばから腰をあげたのだ。
その数日後、彼はロングウェル氏に逢った。しかし、加害者の見当についても直接証拠のないかぎり、ここの、州刑法ではどうにもならない。ただ、クルトの死を無駄にさせたくない──この点では完全な一致をみたのだ。
ルチアノ一味を、向うにまわして「|冥路の国《セル・ミク・シュア》」を踏破する。怪無電の謎を解き魔境征
前へ
次へ
全13ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング