におそわれた。
天地晦冥となり、砂を吹きつけるよう。くるくる中天に舞う濃淡の波に、前方の連嶺が見え隠れしていたのも、暫し。やがて、一面が幕のようになり、咽喉《のど》の奥までじいんと知覚が失せてくる。みると、橇犬どもは悄然《しょうぜん》と身をすくめ、寒さに嗅覚がにぶったのか、進もうとはしない。刃の風とまっ暗な雪のなかで、一同は立往生してしまった。
と、やがて霽《は》れ間が見えてきた。すると、ケプナラがあっと叫んで、白みかけてきた前方を指差すのである。
「アッ、なんだありゃ。ルチアノ一味の襲撃じゃないか」
みると、そこを横切ってゆく数台の橇《そり》がみえる。来た、来た。乾魚や海象の肉をつめた箱を小楯に、一同は銃をかまえ円形をつくったのである。と、どうした訳かそれをみた、おのぶサンがゲラゲラっと笑いだすのだ。
極光下の新日本
「冗談じゃない。ここで、この隊を殺《や》っちまったら元も子もないじゃないか。ねえ、『|冥路の国《セル・ミク・シュア》』まで橇跡に蹤《つ》いていって、そこでというなら話になるがね。だけど私や『フラム』号の連中はすこしも恐かアないよ。恐いのは……」
と言いかけたが吹きつのる風のために、惜しいかな、続くものが聴えない。しかしこれは、あとで分ったことだが、蜃気楼《しんきろう》だったのである。「冥路の国」へとゆく、一人のエスキモーの橇。それが、一つの山が数個の幻嶽をだすように、いくつもの幻景《イマージュ》となって現われた。そういう、座興のあとで吹雪が霽れると、今までいた犬が一匹もみえない。
「オヤ、どうした※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」と、思っていると彼処此処《あちこち》の雪のなかから黒い鼻先がひょくりひょくりと現われてくる。犬は、こういう酷寒の地では雪中にもぐって、眠る──と、いうことが重大な使嗾《しそう》となった。その夜、これまで解けなかった「冥路の国」の怪が、彼にやっと分ったような気がしたのだ。
「よくマア俺も、此処までやってきたものだ」
と、折竹が感じ入ったように、呟くのも道理。
まず、無名の雪嶺を名づけた、P1峰を越えたのが始め、火箭《ひや》のように、細片の降りそそぐ氷河口の危難。峰は三十六、七、氷河は無数。まったく、この三月間の艱苦《かんく》は名状し難いものだった。しかし、ここで不思議に思われることは、この極地にくるとお
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