服という以外にも、不義の徒に対する烈々たる敵愾心《てきがいしん》。まず、彼らの策動を空に終らせることが、この際クルトへのなによりの手向《たむ》けだろう。と、いよいよ「冥路の国」探検ということになった。
がその間、彼はおのぶサンの来訪を頻繁にうけていた。
「ちょいと、あたし……また来たわよ」といった具合で、まい日のようにやって来る。折竹も、三度に一度はうるさそうな顔をするが、こういう時も、
「お邪魔はしないわよ。あたしに関《かま》わず、お仕事をやって」と言う。そして何時までも、折竹の向う側にかけていて、雑誌などを見ながらもちょいちょいと彼をみる、その目付きは唯事《ただごと》ではない。折竹も、このごろでは慄《ぞ》っとなっている。
また来たわよ、ご迷惑ねえ──と、言われるときのあの気持といったら、悪女、醜女《しこめ》も典型的なおのぶサン。三十六貫の深情かと思うと、胃のなかのものがゲエッと出てくるような感じ。
それに、ここになお一層悪いことは、今度おのぶサンも探検隊について「冥路の国」へゆくということになっている。それは、鯨狼《アー・ペラー》の給仕者という役。ではなぜ、鯨狼が探検に必要なのだろう※[#疑問符感嘆符、1−8−77] というのは、棲息地の記憶だ。これは、あらゆる海獣を通じての顕著な習性で、どこで鯨狼が捕えられたかということを、観察しつつ知ろうというのだ。
してみると、おのぶサンとは当分離れられぬわけ。それを思うと、ゲンナリしてしまう。
だが、折竹は神様ではない。もし神様ならばこう頻繁におのぶサンがくる理由《わけ》を覚らなければならない。なにか、おのぶサンには惚れた腫れた以外に、折竹に言いたいことがあるらしい。で、これは、ニューヨークを去る出発の前夜のこと。
その晩、昨日は来ないからやって来るなと思っていると、案の定、扉を叩く音がする。彼は、それを聞くとぞくっとなって来て、寝室に入りそっと息を凝らしていた。すると、
「折竹さん、いないんですの」と声がする。帰るだろう、黙っていりゃ行ってしまうだろう──と、思うがなかなか去る気配がない。そのうち、扉のしたからスウッと白いものが……。封筒らしい。さては、奴め打ち開ける気持だな……と、思ったとき向うの気が変ったらしく、今度は、その封筒がスルスルっと引っ込められてゆく。
それに、折竹の全運命が掛っていようとは
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