bクが自嘲気味にいうのだった。
やがて、芯の泥氷部をさけて二、三時間も掘ると、なつかしい外光がながれ入ってきた。
出ると、大烈風はもう背後になっている。そこは先刻は岩陰でみえなかったが、まるで色砂を撒《ま》いたような美しい蘚苔《こけ》が咲いている。ところが、前方をながめれば、これはどうしたことか、そこは、流れをなす堆石の川だ。せっかく、大烈風を破ったと思えば危険な堆石のながれ。四人は、そこでもう前方へ進めなくなってしまった。
「これまでだ。もう、われわれは断念《あきら》めようじゃないか」とダネックが力なげに言いだした。「僕らは、あの危険な開口をのぼり、大烈風をやぶった。それだけでも、前人未達の大覇業《だいはぎょう》ということができる。帰ろう。今夜は蘚苔《こけ》のなかへ寝て、明日は戻ろう」
しかし、それがもう出来なくなっていたというのは、なにも、さっき掘った洞が塞ったというのではない。とにかく、その夜四人を包みはじめた不思議な力をみれば分る。つまり「天母生上の雲湖《ハーモ・サムバ・チョウ》[#ルビは「天母生上の雲湖」にかかる]」の掟に従わされたのだ。その夜、なにやらケティが草に言いはじめた。
「マァニの草、あたしに惚れたって、お前じゃ駄目よ。そんなに、べたべた付着《くっつ》いたって、あたしゃ嫌」
よく、野|葡萄《ぶどう》の巻|鬚《ひげ》の先の粘液が触れるように、ケティにベタベタ絡《から》みついてくる草がある。その情緒を知らせる微妙な力が、彼女をじわりじわりと包んでいった。そこへ、相応じたようにケルミッシュも言う。
「そうかね、この草は寒いと言っている。サアサア、がたがた顫《ふる》えなくても僕が暖めてやる」
それは、咳嗽菽豆《くしゃみそらまめ》に似た清潔好きな小草で、塵《ごみ》がはいると咳嗽《くしゃみ》のようなガスをだす。そして、いきんだように葉をまっ赤にして、しばらく、ぜいぜい呼吸《いき》をきるように茎をうごかしている。そういう植物の情緒や感覚が触れてくる、二人はもう普通の人ではない。ダネックも折竹もつつき合うだけで、見るも聴くも気味悪そうに黙っていた。魔境「天母生上の雲湖」へ溶けこんでゆくこの二人を、救い出すのはどうしたらいいのだろう。
「サア、行こう。ここで愚図愚図してたって仕様がないよ、君」翌朝、さんざん押問答のすえ焦《い》らついてきたダネックが、語気
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