s思議な青い色がのぼっている。そして、それは一足ごとが生命の瀬、なんだか故郷が思われ、孤独の感が深くなってくる。やがて四人は、すぐ大烈風へでる岩陰にかたまって、この魔境をまもる大偉力をながめていた。
 まさに、カリブ海の颶風《ハリケーン》の比ではないのだ。それは、※[#「風へん」に火を三つ、174−12]《ひょう》という疾風の形容より、むしろもの凄い地鳴りといったほうがいいだろう。
 飛ぶ氷片、堆石の疾走――みるみるケルミッシュに絶望の色がうかんでくる。
 すると、この難関をあくまで切り抜けて、ぜひ魔境に入り九十九江源地《ナブナテイヨ・ラハード》の、 Zwagri 《ツワグリ》の水源をふさがねばならぬ折竹は……。しばし、目をとじていたが、ポンと手をうって、
「ある、名案がある」とさけんだ。
「えっ、一体どんなことがあるんだ?」
「それはね、氷河の表面をゆかず底をゆくことなんだ。たとえ、どんな大科学者がどんな発明をしようと、たとえば、千ポンドの錘《おも》りをつけようと、この風のなかは往けぬよ。しかし、氷罅《クレヴァス》をくだって洞を掘ったら、どうだ」
「なるほど」ダネックもともども叫んだのである。
「そうだ。表面氷河は氷斧《ピッケル》をうけつけぬ。しかし、内部《なか》は飴《あめ》のように柔かなんだ。掘れるよ。とにかく、折竹のいうとおり氷罅《クレヴァス》を下りてみよう」
 やがて、青に緑にさまざまな色に燃える氷罅《クレヴァス》の一つを四人が下りていった。試しに氷斧《ピッケル》をあてると、ボロッとそこが欠けた。

   アジアの怒り

 それは、大レンズのなかへ分け入ってゆくような奇観だった。さいしょは、疲労と空気の稀薄なためおそろしい労作だったが、だんだん先へゆくにしたがい氷質が軟かくなる。しかも、地表とはちがい、ほかつくような暖かさ。そこで諸君に、氷河の内部がいかなるものか想像できるだろうか。
 四人はいま、微妙なほんのりした光に包まれている。しかも、四方からの反射で一つの影もない。円形の鏡体、乱歩の「鏡地獄」のあれを、マア読者諸君は想像すればいいだろう。そのうえ、ここはさまざまな屈折が氷のなかで戯《たわむ》れて、青に、緑に、橙色《オレンジ》に、黄に、それも万華鏡のような悪どさではなく、どこか、縹渺《ひょうびょう》とした、この世ならぬ和らぎ。これが、人間をはばむ魔氷の
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